真白きだけの花火よ霞草

三十路で始めるロックンロール。いまだ売れていない天才(自称)バンドマンが語る音楽、文学、哲学、詩、料理、日々、あるいは旅。

12/6 書くこと迷うこと書けなかった間も書いているということ

自分は中学生くらいから、当時流行していたテキストサイトというものに憧れて文章を書き始めた。

はたちを過ぎて、当時やっていたバンドのブログではじめて連載小説を書いた。『発酵ベイビー』というその小説は、近未来、「アル中」として動物園の中に入れられた主人公の話で、まあ筒井康隆的というか、中島らも的というか、しかし安易で右も左も分からぬのがかえってよかったのだろう、途中まで今考えてもわりとよく書けていたように思うのだが(わりとよく、と言ってももちろん全然書けてはいないのだが)、その場所にかつて思い焦がれた女性が訪ねてきて、主人公に鬼ころしの紙パック(鹿せんべいみたいに「アル中」に餌を与えることができるシステムになっていたのだ)を投げ入れる。その紙パックの後ろにピックかなにかが貼りつけてあって、主人公はロックを思い出して禁酒を決意、なんとかその動物園を抜ける……と、まあ正直自分が書いている小説は基本的ににこんななにわ人情物みたいなものの焼き直しなのだが、その動物園を抜けたあとがまったく書けなかった。

なんとか女性に救われねば、と思っているフシがあったようだったが、当時は女性のことなどまったく知らず(今も知らないが)、結局しりすぼみ、へなへなとガスが抜けた風船のようにしてその小説は終わった。

その次に書いたのが『痩せた肺』という小説で、これは23歳の時。自分が書いた楽曲に合わせて書いた。

楽曲の方はミシェル・ビュドールというヌーヴォー・ロマンの作家が書いた『心変わり』という小説の書き方をパクって、1Aメロの主語を二人称「君」で始めて→サビで「君」の独白によってカメラを俯瞰から主観に切り替えて「君」の中に入り込むが→2Aメロでは「僕」というもう一人の人物のカメラに切り替わる。

 

いなくなった恋人について

君は少し思い返したあと

昨夜の雨で濡れた道を往く

遅れ髪が風に吹かれる

 

あたらしい恋人ならもういるし

強がりじゃなくて

寂しくはない 哀しくも辛くもない

それよりどうして誰と寝ようが

人生はたいして変わらないものね

 

オーティスが流れるバーから

迎えに来て、と突然の電話

奥の座席で目を細めている君

空いたグラスに浮かぶ氷が果実のように見えたんだ

 

「痩せた肺の中まで満たしてよ」

君は僕に寄りかかりそっと呟くけれど

その気はないし 資格もないさ

まあでも今日くらいは隣にいるよ

 

こんな感じでけっこうよく書けたのだが、小説の方はあまり良い出来ではなかった。

(ちなみに一番の発明は「後れ毛(おくれげ)のことを「遅れ髪(おくれがみ)」としたことだ。身体に対してスローモーションで風に吹かれた髪が遅れてくる、そんな印象を与えたかったのだと思う)

意識したスマートな文体はやはり村上春樹や彼のフェイバリットであるフィツジェラルドやらカポーティーやらなんやらかんやらの影響下にあったはずだし、軽業師、というか、ところどころ手品は成功しているけど、それは魔法ではなくてやはり手品でしかなかった。

そういうものが別に悪いわけではなく、あの時にしか書けなかったものとして価値はあるはずだが、やはりこの時も尻すぼみ、書ききることができなかった。

それから2つ小説を書いた。次のヤツはひどかったが、その次のヤツはThe fin.のウチノが褒めてくれたことを覚えている。

「自分の言葉で書かれているよ、これは」

これはツメも甘くデコボコな小説だったが、たしかに最後まで書ききった。

そのあといろいろ書いてみて、27歳前後で、これも楽曲に合わせて短篇〜中篇を6つ書いた。

ここで俺は書くことの罠に陥ってしまったように思う。

あきらかに、自分の中に、もう少し書けた小説が眠っているのだ。

こんなやりかたじゃダメだ。〆切に追われて、酒を飲んで一気に書いてしまう。そうじゃない。俺は無頼派の天才ではないのだ。

もちろんそんなことをなかなか認められず、それから5年、書いては消し、書いては消しを繰り返し続けてきた。

なにも完成させることができなかった。

風向きが変わったのはこの家に引っ越してきてからだった。

毎朝起きて、一時間と決めて、その間に書く。ローマは一日にしてならず。朝起きるために夜の深酒を控えるようになった。

まったく文豪的ではない生活。ロックスターではない生活。そんな生活の中でしか書けないのならば、それこそが俺にとってもっとも大切にするべき生活なのだ。

 

 

今朝から、あたらしい小説に挑みはじめた。いろいろと溜めたプールがついに溢れたのだ。それをそのまま書けば、それが自分にしか書けないものだ。

文章を書くことは死ぬほど楽しい。もちろん苦しい。その文章の中に生きているからだ。これはちょっと嘘くさい。でもそういう時もある。文章の中に出たり入ったりする。おおまかな話は決めているが、あとはどうなってもいいようにする。だからどんな言葉が出てくるか分からない。書かれた言葉が記憶に繋がり、その記憶はまた別の記憶や想いに繋がってゆく。

自分で書けば、毎日自分の小説の読者になれる。こんな贅沢はなかなか味わえるものではない。みなさんもぜひ。書きましょう。歌いましょう。描きましょう。作りましょう。自分という人間のことなんて、全然分かっちゃいないことが分かります。

例えばほら、『小島信夫集』について書こうと思っていたのだが、こんな具合になっちまったように。