真白きだけの花火よ霞草

三十路で始めるロックンロール。いまだ売れていない天才(自称)バンドマンが語る音楽、文学、哲学、詩、料理、日々、あるいは旅。

部屋と引越しと失恋と私

あの、荷物をすべて取り払って、がらんとした、というよりも、どこかすきっと抜けたような、緑色のエレメントが、ギリシャからアフリカまで駆け巡るその一つの失われた通り道を取り戻す瞬間。

 

なにもない部屋になにを見ているのか。そう、これほどまでにお前の部屋は広かったのだ。心のためにとたくさんのものを欲しがり、集めて埋め尽くしたお前の部屋はいつの間にか窮屈になってしまっていたし、だからこそお前はまるで旧約のあの記述のように乳と蜜の流れる新しい約束の土地を求めたのだ。

 

引越しを手伝ってくれた友達の声に呼ばれ、お前は部屋を後にする。

その前にもう一度だけ振り返る。

すべてがあったのだ。確かに、ここには。

不在の在。今お前はここにないものの存在を、失うことによってもう一度手に入れたののだ。

 

吹き出しで埋め尽くされた漫画の一コマ。あらゆる瞬間と、その瞬間瞬間に《複雑なあやとり》のように結ばれていた感情が一時に立ち上がり、隠されていた虹色の稲妻がお前の心のキャンバスに再び浮かび上がる(それはジャクソン・ポロックの絵画にとても似ている)。

 

ひとつ、息を吸い込む、無理に鼻で笑おうとする、たかが引越しくらいで大した感傷じゃないか、そんなやわな心で、無力な詩人のような顔つきで、この先どうやって生きていくつもりだ?

無感動になるのだ。昆虫のように無感情になるのだ。死ぬまで連中と同じように暮らし、同じように話し、「感受性」というお前に都合の良い名前の病を殺すのだ。

さっさと大人になるのだよ、ホールデン君。

労働に汗し、ただその日のためにのみささやかな祈りを捧げよ。

 

これが映画なら、と思う。

引きのショットから、俺の後ろ姿と、窓の向こうの晴れた空が映されて、暗転と共にスタッフ・ロールが流れ始める。

もちろん人生にそんなものはない。スタッフ・ロールなんて流れないし、天使のコーラスを引き連れたブライアン・ジョンソンだって歌い出さない。

 

そのかわり、表の、国道を走る車の音が流れ始める。

そして俺は、ああ、眠れない夜には、いくつかの愛の夜には、あの音が寄せては返す波のように聞こえたことを思い出す。

夏が終わって、誰もいなくなってしまった夜の海の、静謐な入り江に訪れる波の音。

 

部屋の扉を閉める。部屋の中からカメラが捉えた画面が暗転し、こうして物語が一つ終わる。

 

 

 

部屋を引っ越すことと失恋はよく似ている。なんちゃって。