真白きだけの花火よ霞草

三十路で始めるロックンロール。いまだ売れていない天才(自称)バンドマンが語る音楽、文学、哲学、詩、料理、日々、あるいは旅。

仰げば尊し我が師の恩 さよなら、遠藤ミチロウ

THE STALINの遠藤ミチロウが亡くなった。
 
容態があまり良くない状況であることは知っていたが、それでも俺はミチロウは死なないと思っていた。
ルー・リードも死なないと思っていたし、デヴィッド・ボウイも死なないと思っていた。伝説のポケモンみたいに、永遠にロックの神として怒り続け、生き続けるのだと思っていた。
 
いや、ジョンが死んでも作品が生き続けているように、、、などと月並みなことを書くが、確かにロックの神として彼らはこれからも生き続けるのだろう。
もちろんジミヘンだってマーク・ボランだってカモンベイベー・ライト・マイ・ファイアーだって生き続けるはずだ。
 
そんなことは分かっているが、確かにこのイデアを模倣した、我々が呼ぶところの現実世界に於いて遠藤ミチロウという「素材」と「形相」が失われてしまったということ。
その報せを聞いた時には、ただ、そうかあ。と口の中でもごもご呟いただけだったが、Twitterの文面で見た時、やはり涙をこらえることができなかった。
 
 
遠藤ミチロウは俺の英雄だった。
 
 
誰もが同じ音楽・同じTV番組・同じ芸能人の話しかしないことにイラつき、中学も高校も授業をサボっては立体駐車場に寝っ転がり、煙草を吸いながら一人本を読むことを「個人的テロ活動」と称していた愚かな俺の内に秘められた今にも爆発しそうな憤りは、当然のようにTHE STALINを見つけ出し、出会うことになるのだった。
 
俺が一番最初に買ったCDは『STOP JAP』と『虫』が一緒になったアルバムだった。
俺にロックを教えてくれた「ぼくの好きな先生」から、とても過激なバンドだと聞いていた。
情報から得られる妄想の音だけがあの頃すべてだった。
ボリュームを確認し、プレイヤーの再生ボタンを押し、一曲目が流れ始める。
 
そして、あの誰もがやられたであろう究極のフレーズが、俺の耳にも飛び込んできたのだった。
 
なんでもいいのさ 壊してしまえば
おまえはいつでもアナーキスト
壊れてゆくのはてめえばかり
ぬかみそになってオポチュニスト
 
吐き気がするほどロマンチックだぜ

 「ロマンチスト」

 
一撃でしびれた。たまらなくしびれた。冷たい言葉の中に、知性と燃え盛るパンクの炎があった。
 
おいらは悲しい日本人 西に東に文明乞食
北に南に侵略者 中央線はまっすぐだ
 
ほらおまえの声きくと
頭のてっぺんうかれ出し
見分けがつかずにやり出して
帝国主義者がそこらで顔を出す
 
おまえはいったい何人だ

 「Stop Jap」

 

私の病気は玉ネギ畑 どこまで行っても玉ネギばかり
むいてもむいても玉ネギバランス
私のベッドに白い花が咲く
「玉ネギ畑」
 
吐き溜めばかりが花開く
アメリカばかりがなぜ赤い
愛するためには嘘がいる
そうだよ オレもペテン師

 「下水道のペテン師」

 

世界の果てまで オレをつれていってくれ
つぶれていってもいいんだ 失うものは何もない
冷たい水晶を 今夜おまえと食べよう
のどが切れても かまわないから
 
Oh Oh Oh Stop Girl
いやだと言っても愛してやるさ

 「Stop Girl」

 

おまえはいつまで天才くずれのふりをする
「爆裂ヘッド」
 
 
そして、こういう詩的で強烈なフレイズはパンクの加速度によって振り落とされていき、次の『虫』では、
 
 
天プラ おまえだ 空っぽ
 
「天プラ」
 
遊びたい 遊ぶ女は嫌いだ
「Fifteen」
 
という、ある種、プリミティブな怒りの自由律俳句、とでもいうような歌詞が一行だけ書かれていたりする。
これはどうやら物凄いぞ、と俺はブートレグで『Trash』を手にいれるほどに入れ込み、友人の車に乗って無理やり爆音でTHE STALINを流して海に行くことで、彼らを啓蒙したりもした。
 
十年ほど前、ミチロウが神戸に来るというので観に行った。
ライブが始まり、友人は「前で見ようや」とステージに向かって行ったが、俺はその場に立ちすくんだまま一歩も動けなかった。
 
おそろしかった。自分自身が裏返しになって露わになるような感覚があった。
 
おまえは一人で死ぬのか?
像のように隠れて死ぬのか?
親に見守られて死ぬのか?
恋人に忘れられて死ぬのか?
クスリをやりすぎて死ぬのか?
体中アルコール漬けになって死ぬのか?
つまんない人生だと思って死ぬのか?
サボテンのように砂漠につったったまま死ぬのか?

 

当時の俺は朝から晩までトリス・ウイスキーを飲み続けては、合間にいわゆる「金パブ」、つまりパブロンゴールドを大量に誤飲することによってコデインとエフェドリンがもたらす多幸感の深甚な中毒に陥っていて、もちろんそんな生活が身体に良いはずもなく、便所の壁一面に大量の黒い羽虫の幻覚を見たり、サイゼリヤのメニューからマジシャンのセロのようにフードを取り出そうとしたり、血尿が出たり、 今もまだ続く慢性蕁麻疹が出たり、と廃人コースまっしぐらのウルトラクズ人間だった。
 
そんな俺を、ディランの名曲をミチロウ流に書き換えたあの「天国の扉」が貫いた。
 
死にたくない、と思った。いくぶん甘い破滅への感傷はあったかもしれないが、確かにこのままでは死ねない、と思って涙を流したはずだった。
 
 
 
だから、自分が働いているライブハウスにミチロウが来ることになった時、当たり前だが俺は誰よりも喜んで、そのままラジオにまで出演して滔々と遠藤ミチロウについて話をしたりもした。
 
そして迎えた当日。初めて会話を交わすミチロウ、いや、ミチロウさんは穏やかで、どこまでも優しい人だった。
 
ライブは崇高だった。昔見た時と変わらない、純粋な獣がそこにいた。
 
打ち上げにまでご一緒させてもらい、酒に酔った俺が上機嫌で「伊丹の人間にスターリン広めたの、俺っすから!」と言うと、「えらい!」とあの少しかすれた声でそう言ってにっこり笑ってくれた。
 
それだけで、俺の人生は、ちっぽけな人生は報われる気がした。
 
どこまでも続く一本道の
そのずーっと先の天国あたり
何を見つけたのか それはお楽しみに
キミの言葉が輝いているよ
ちょっぴり羨ましいけど 今日もいい天気!
 
Oh! Just like a boy
まるで少年のように街に出よう

 「Just like a boy」

 
天国ではない。天国あたり。下水道のペテン師でも唄われていたその場所で、ミチロウさんは今頃何を見つけたのか。
キミの言葉が輝いている。言葉は視えないものなのに。いつまでも心に残って、きらきらと輝いていると、そう喩えられて俺たちは、確かにそうだと、言葉は輝くのだ、と頷くことができる。そんな言葉がある。
 
そんな言葉があるのだ、とミチロウさんが教えてくれたのだ。
 
爆音でTHE STALINをかけながら夏の海へと急ぐ俺たちが、あの、なに一つ上手くいかなくて最悪だったはずなのに、誰もがみんな幸せそうに笑っている幻のような青春の一日が、いつでも鮮やかに蘇ってくる。
 
昭和は遠くなりにけり。
 
さようなら、遠藤ミチロウ。
さようなら、俺のパンクスター。