真白きだけの花火よ霞草

三十路で始めるロックンロール。いまだ売れていない天才(自称)バンドマンが語る音楽、文学、哲学、詩、料理、日々、あるいは旅。

毎日幸せなんかじゃなくなっていい

新しい元号が令和に決まりましたね。

 

命令を聞けば平和になる、の意だとか、いや令嬢、なんて言葉もあるように令という言葉にはいい意味合いがあるんだーとか話してますが、っていうかもうホント、もはやツイッターなんてまともに機能してないんだなあ、あっちもこっちも馬鹿ばかり、聖書を読んだか聖書を? 「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった」分かりますかね、言葉はそれ自体が神であり言霊であり、見立てる人によって聖なるものにも俗なるものにもなるんですよ。

 

いいじゃないですか。安倍が命令を下すだのなんだのが真実だとして、そっちが打ち勝つのか、それとも言葉そのものの力が勝つのか。

令、っていう漢字一つにいろんな言葉の意味が折り重なっているんですよ。歴史が堆積してるわけですよ。

世の中を良くしたい、と思っている人間はそこにいい意味を見出すしかないわけでしょう? 哀しい見立てばかりじゃ世の中は悪くなっていくばかりですよ。

枯れた桜にだって趣を見出しましょうよ。

 

イデオロギーから逃れるために別のイデオロギーに取り込まれてどうするんさ。

 

そうやって戦争を起こして(馬鹿の相手をしている時点で馬鹿なので同罪です)、差別をなくしていって一つになっていくとしましょうよ。みんなが同じ顔、同じ心を手に入れたとしましょうよ。その瞬間全人類は一つになり、個は全になり、その瞬間あらゆる差異は消えてゼロになる。分かりますか? 人間が消えるんですよ。

そうやってあらゆる差異が消えて、究極の平穏が訪れて、心が幸福という状態で永久に安定したとしたら。

「直線になった心電図は死んでいる」とキース・リチャーズが言ったように、それはもう死んでいるのと同じことなんですよ。

 

本を読んでますか? 階段を上っていますか? 誰かに優しくしていますか?

右の頬をぶたれたなら左の頬も差し出せ。確かにイエスはそう言った。俺はクリスチャンでもなんでもないが、なかなかこのイエスっていうヤツはよく分かってるじゃないですか。

他人のように生きる必要はない。別に人生を肯定する必要なんてない。

人生は肯定されようが否定されようが、生として生まれてきて、ただ純粋に、そこに屹立している。ぼさっとね。

 

危険ですよ。このままじゃ。こんな世の中。おさらばするぜ。少なくとも。俺は誰かと一緒なんてやだ。馬鹿げている。いいじゃん、男らしくて、女らしくて。俺はいいと思いますよ。その逆があってもいいけど、それを押しつけないでよ。っていうかまあ話せば分かりますね。そいつが人間として面白ければいい。そして俺は俺でしかないので、その面白さ、ってのは俺が思う面白さでいい。他人の面白さ知らん。

俺は集合体になんてなりたくない。毎日幸せなんかじゃなくたっていい。稲妻のように生きたい。