真白きだけの花火よ霞草

三十路で始めるロックンロール。いまだ売れていない天才(自称)バンドマンが語る音楽、文学、哲学、詩、料理、日々、あるいは旅。

内田百閒と蕎麦と型が決まること

夏目漱石門下に於いて、あの芥川龍之介をして「僕と君だけだよ」と言わしめた、近年森見登美彦などのおかげで再評価の向きもある、偏屈因業ジジイ内田百閒は、毎日昼飯は蕎麦一枚しか取らなかった。

なぜかというと、食いしん坊の百閒は夕餉がなによりも楽しみだったからで、その夕餉を美味しく喰うためには腹が減っていなくてはいけない。昼時に余計なものなどを喰っては味がぼけてしまうから、というワケだ。

じゃあ、毎日昼飯に蕎麦だけ喰って美味しいのか? と聞かれると、小鳥だって毎日同じものを喰っているじゃないか、と言う(百閒は無類の小鳥好きだったことでも知られている)。

ね。因業ジジイでしょ?

で、そうやって毎日蕎麦を、しかも同じ店から蕎麦を取り続けていると、百閒曰く「味が決まってくる」のだという。

水加減、ゆで方、あるいは蕎麦粉の配合率。

魯山人は「三度炊く米さえかたしやわらかし 思うままにはならぬ世の中」と言ったが、鉛筆で曖昧な線を、しかし何度もなぞると次第に一つの線に定まってくるように、味蕾が蕎麦の芯のようなものを定め、その芯によって日頃の微細な味の変化もやがて判別できるようになる、ということだろう。

 

これは確かに物の道理で、毎日素振りをしないバッターはいないし、シャドーをしないボクサーはいないだろう。

 

しかしロック・ミュージシャンだけは、毎日同じことをやってはいけないのであり、いかに毎日をルーズに、怠惰に過ごせるか、自分のうすっぺらい才能とやらを過信して生きていけるかだけが勝負なのである。

 

そう信じて生きてきた。

甘かった。

モンブランより甘かった。

三十歳を迎えて、自分は何一つ積み上げてきたものなどないのであり、見事に薄氷を踏み抜いて溺れる自分だけがそこに残った。

 

これじゃいかん。いかんのだ。このままでは犬死だ。

そう思った俺は生活を変えた。朝から料理屋で働くことによって、強制的に生活を朝型にしよう、というワケだ。おまけに心持ちを変えるために転居までした。

 

そして、今のところ、見事その試みは成功している。

朝目を覚まし、本を読み、頭が起き始めてきたら顔を洗い、瞑想をし、珈琲を入れている間に盆栽に水をやり、花器の水を換え、うんうん頷き、自室に戻って自分の時間を使う。

ちょうどいい時間になると、料理屋へ出かけていき、拭き・掃き・モップの順番で掃除を終え、小鉢を盛りつけ、例えば今日などは牛蒡をささがきにして、鰯を手開きにする。

 

シュタイナーが、「植物の種子の中には、目には見えないが、花が咲く可能性と、それが散る可能性が含まれている」というようなことを言っていたが、それは本当にその通りで、ささがきにされた牛蒡は水にさらされ、にんじんと混ぜ合わせると菜箸が熱さで持てなくなるほどの強火でずっと炒めつつザラメ・醤油・味醂・各種調味料で味つけをしていくと、立派なきんぴら牛蒡になる。

 

ぽん、と出された料理の中にドラマがある。

こんなことは、ボサッと生きているとまったく気がつかないことだ。

俺たちはきんぴら牛蒡が、そのままきんぴら牛蒡の形で出てくると思っている。

 

鰯を手開きにし、血合いを切り落とすと手が魚臭くなる。命を扱っているのだから当たり前だ。

当たり前のことはちっとも当たり前じゃなかった。俺はそんなことを知らないまま、今日まで肥大化した自我を暴君のように振りかざして生きてきたのだ。

 

何者でもない人々の営みだと思っていた。しかし、何者でもない人間など一人もいない。

型が決まり、繰り返すような日々の中で、それでも人々の会話が生み出す微細な揺らぎ。その中にいつの間にか取り込まれ、呼吸をしている自分の存在が今なによりも嬉しい。

 

そして俺の中に、まだ俺が知らぬ可能性が眠っているのだとしたら、どうかその花が力強く咲くものであってほしいのだ。

 

 


御馳走帖 (中公文庫)

 

『阿房列車』、『百鬼園随筆』あたりから入っても良いんですが、百閒といえばまずはこれでしょ。御馳走帖。