真白きだけの花火よ霞草

三十路で始めるロックンロール。いまだ売れていない天才(自称)バンドマンが語る音楽、文学、哲学、詩、料理、日々、あるいは旅。

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どうしても毎朝、いやむしろ昼間まで、出勤ぎりぎりまでだらだらと眠り、夜は遅くまで酒をかっくらい、というわけでまた次の日も遅くまでだらだらと眠り、、、。

 

今ぱっと調べてみて見つからなかったのだけど、保坂和志がなにかのインタビューで「さすがに三十を過ぎて焦るようになってきた」と言っていたように、俺もいつの間にかじりじりと生活という白日に焼かれるようになり、このままでは俺は本当になにも残せないのではないか? この場合のなにも、の「なに」とは子供や日々の仕事、あるいは花、魚、そう言ったものではなく、自分のフレイバー、いわゆる音楽、言葉、そういったある種永続的に残るもの、つまりは芸術、無用の長物、そんなもののことであり(そんなものしか残せないのだ俺は)、いや、残せない人生を否定するわけではないが、こと自分に関してはその「なにか」を残すことこそが価値であり、もしもそうでないならば、通り過ぎて行ったいくつもの人や、言葉や、想いはなんだったのか? ルー・リードの『NYC MAN』を呪文のように口ずさみながら(「お前が望むなら手紙も電話も涙もFAXもナシだ / ただの「悪い」と「最悪」には違いがあるんだ / 愛しているよ / ニューヨーク・シティー・マン / 瞬きする間に俺は消えている」)、硬く冷たい冬の夜空を見上げたことはなんだったのか、と思うようになった。

 

それで、晩は二時までには寝て、朝目を覚ます生活に切り替えようと思った。

そのために、朝からやっている小さな食堂で働くことにした。

これが、見事に成功した。

窓から射し込む光で目を覚まし、珈琲を飲みながら新聞代わりに本を読んでゆっくりと身体を起こし、ルドルフ・シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』にも書かれているように、自身の内的平穏に向き合う時間――つまり瞑想する時間だ――まで終えても、今朝の俺にはあまりある時間があった。

三十年余り生きてきて、俺はついに自由を手に入れたのだ!

 

 

働く、という意識がいかんのだ。まるで自分の店のようにこの店を愛せ。と決めて、毎朝テーブルを拭き、掃き、モップをかけるのは本当に気持ちが良い。

その間に、大鍋でかす汁の具材が茹でられ、その横で魚が煮られ、調理場からぽきりと牛蒡が折れる音がする。

こちらは、朝からもう自分のやりたかったことを終えたので、心が片づいている。

働いて、飯を喰い、それからいつもの職場へ向かう。

 

新開地から三宮へ。

自転車で急な坂を下るとき、これからきっと何度となくこの風を感じることになるのだな、と俺は思っていた。