真白きだけの花火よ霞草

三十路で始めるロックンロール。いまだ売れていない天才(自称)バンドマンが語る音楽、文学、哲学、詩、料理、日々、あるいは旅。

無事に引っ越しを終えました

Lotus leafナリトモ、THE PACマツシロに手伝ってもらい、住み慣れた大石を離れ、新たに湊川に引っ越しをしたその日の晩にバンドメンバーと遅めの新年会を済ませてへべれけになり帰宅、どうにか起床し、今や旧我が家となってしまった大石のアパートを朝から再訪、退去手続きに立ち会い、返す刀で湊川の新居へ行き、電気&ガスの利用開始手続きを終え、周囲をぐるりと散歩、ダイソーで最低限必要なものを手に入れてから再び街へ、引っ越し祝いに今ようやくビールを開け、やっと一息つくことができました。

ふう。

今ようやくパソコンを触れたので、溜まっている仕事、雑務に取りかかろうと思っています。

整理せにゃ。とんでもないことになってるぜ、わはは。

 

 

ブラッと歩いた湊川の印象ですが、まず老人が多い。かつて(三宮が発展する前)神戸で最も栄えた街だったそうですが、そのかつての面影を保ったまま、ゆっくりとこの街は衰退していっているのでしょう。

路地裏、商店街フェチにとってこれほど嬉しい街はなく、駅前で見えない敵と闘い、ギンズバーグのように「吠える」おじいちゃんを、誰もが日常の風景としてゆるやかにスルーしているのを見た時、この街のことをおそろしく好きになりそうな自分がいたのでした 笑

 

 

新居はとても広くて、リビングなどもしっかりあるので、部屋には最低限のもの(ベッドと、何冊かの本、それとスピーカーくらい)しか置いていないので、すごくシンプルで、完全にリラックスするためだけのスペースです。寝る部屋、って感じ。ある意味胎内回帰願望ですよね、これって。笑

 

 

なんだか引っ越したことがとんでもないことをしてしまったみたいで、というのは、やっぱり取り返しがつかないことじゃないですか、引っ越しって。

永遠の離別というか、やっぱりなにか喪失感があって、それも深い喪失感があったのですが、まあそれはよく考えると当たり前で、というのは、あの空間と共にワタクシの記憶というものは共有されていたワケで、それはつまりあの空間に於ける自分はあの空間にしか存在せず、かつまたあの空間こそがワタクシをワタクシたらしめていたのであって、そう考えると家を離れるというのは、そこで過ごした時間が長ければ長いほど、そして思い出が多ければ多いほど、死に近づくワケですね。

もちろん記憶は引き継げるのですが、あの家で感じたこと、起こったことはきっとどんどん忘れてしまうのでしょう。

 

 

前の家は、大きな国道が目の前にあったので、こちらの調子が良い夜には波の音のように聴こえた車の走行音も、しかし実際にはかなりうるさく、眠りや集中の大きな妨げでしたが、新しい家はとても静かです。

自分の人生について、考えなくてはいけません。というか、まあずっとそれは考えているんですけどね。

 

 

仕事を終えたら、近所の銭湯に行って、ひとっぷろ浴びてこようと思います。

今、ふと今年引いたおみくじを見返すと、転居は「吉 早くすると良い」でした。

ちなみに総評として「目標をしっかりと定めて、事を起こさないと叶わぬ夢に終わります。夢を楽しんでいるうちはいいのですが、やがて取り返しの付かないことになります」と厳しいお言葉が書かれています。夢、ねえ。

かつて、「暮らしを変えるより夢を変えてえわ」とTheピーズのはるが唄ったこと、その重さが、ようやく分かってきました。

 

よっし! やるぞ! なにを。分からん。が、やるしかないのだ! それが人生なのだ!

というワケで、ようやくスイッチが入ってきました。ルー・リード聴きつつ、今日はこのへんでさよなら。