真白きだけの花火よ霞草

三十路で始めるロックンロール。いまだ売れていない天才(自称)バンドマンが語る音楽、文学、哲学、詩、料理、日々、あるいは旅。

稚内一人旅(無職・自称ミュージシャン)~その③~

はじめに

この一連の旅行記は、今からおよそ二年前、Amebaブログに書いていた記事です。

自分の人生において、とても大きな意味を持つことになったあの日本最北端の地・稚内旅行の記録を失うのはあまりにも惜しい。

ということで、こうして始めたばかりのはてなブログに持ってくることにしました。

諸事情により何日か更新できないので、こちらをお楽しみ下さい。

けっこう面白いと思いますよ。あと、もし稚内へ旅行に行く人がいれば役立つかもしれません。

 

www.haruichisemon.com

 

 

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稚内・一日目

ホテルについてシャワーを浴びると、セイコーマートという北海道を中心に展開しているローカルなコンビニで買ってきたビールとアテ(これがなかなか馬鹿にできなくて、百円で玉子焼きや塩サバ焼き、ちょっとしたサラダなんかが売られていて僕は滞在中何度もお世話になった)で一息ついてから眠りに落ちた。

 

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最北端って感じ

 起床して窓の外を見る。が、これが稚内にとってどれくらいの天気なのかさっぱり分からない。

窓を開けると、昨日よりも冷たい風が部屋に吹き込んでくる。

なるほど。暖かくしてきて正解だったようだ。

一番大きな目的地である、日本の最北端「宗谷岬」に向かうため、ひとまず駅へ向かう。

歩いていて、二つ失敗に気づく。

一つは長靴を持ってこなかったこと。積雪がすごく、また溶けた雪が深い水たまりを作っているので、すぐに足元がずぶ濡れになる。

もう一つはサングラスを持ってこなかったこと。太陽が射した時、雪の照り返しが眩しくて目が疲れるのだ。

ああ、あと気をつけないといけないところ。

ポケットには手をつっこまない。いつすっ転ぶことになるか分からないからだ(肘が、肘が痛い)。

 

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 稚内駅前。昨日は暗くて確認できなかった、線路が終わっているところを撮影。

瀬戸内寂聴が「駅は出会いと別れの場所。だから全ての駅に哀しみがある」というようなことを言っていたが、そうだとするならば、ここは悲しみの果てってワケだ。

部屋を飾ろう。コーヒーを飲もう。素晴らしい日々を送っていこうぜ。

 

駅前バスターミナルで、宗谷岬までの往復券を購入。バスに乗り込む。

 

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最果てですわ

 まさに果て。ひたすら雪原と鈍色の海が続く。

以下、全て『吉田一穂詩集』より(※難読漢字には勝手に読み方を振ってます)。

 

蟲の約束に林を渡る啄木鳥(キツツキ)よ。

(鴨は谿(たに)の月明かりに水浴(みあみ)してゐる)

  

参星(オリオン)が来た! この麗はしい夜天の祝祭(まつり)。

裏の流れは凍り、音も絶え、

遠く雪嵐が吼えてゐる……

 

落葉松林(からまつばやし)の罠に、何か獲物が陥ちたであろう。

弟よ、晨(あした※早朝、夜明け前の意)、雪の上に新しい獣の足跡を探しに行かう。

 ――『少年』

 

峡湾(いりえ)に灌(そそ)ぐ雪解の水。

候鳥(とり)に手をあげる白鳥古丹(カムイ・コタン)。

 

色なす鰊(にしん)の群れを追うてゆく鷗(かもめ)。

透き冴える岩礁に波は激して咽び、

眩暈(めくるめ)く熾(さか)んな碧水の比私天里亜(ヒステリア)。

 

燈台岬の鳥糞(グワノ)、流木や標識瓶……

飛沫に濡れる生業の漁歌

 ――『鰊』

 

太陽は今、何処(いずく)の天空に思ひ悩んでゐるであらう。

雪の薄明に燭(とも)して鐘は鳴り、海市の影の弥撒(ミサ)が行はれる。

EDDAの神々は麗はしい真珠の嘆き深く沈み去った――

 

不眠の航海燈(ランタン)にまた新たな悲しみを点じて海淵(タスカロラ)をゆく。

吹雪と怒涛の中に海の幸を求めて虚しき宗祖の業。

海の極みにして嘆きつゝ潮は落魄の道を漂流(さすら)ってゆく。

 

……未明のかすかな呼吸(いきづかひ)に迫る遠方の吹雪。

来る春また鷗たちは断崖の上に巣を営むであらう。

未だ表層下に七つの封印は巨象(マンモス)の如く埋もれてゐるであらうか?

 ――『北海』

 

夜、孤独な魂を点ずる灯がある。片照る面を現実にむけて、蜜蜂の去った地平線を想ひ、自らの体温で不毛の地を暖めながら待つ春への思索の虹――雪に埋もれたヒュッテで私は暖炉を焚き、木を斫(はつ※削ること)り、家畜を養い、燈火の下で銃を磨き、嵐の音に沈思する。(中略)私は自然を会得する一本の草木の如く生きて疑を懐かない。

――『冬』

 

燈(ラムプ)を点ける、竟(つい)には己へ還るしかない孤独に。

野鴨が渡る。

水上は未だ凍ってゐた。

 ――『白鳥・2』

 

僕はしっかり、自分とこの偉大な詩人との「差異」にぶつかる。

ここではあらゆる風景が均一にトーンを失っている。雪の砂漠。

空を舞う鳥の、意味を奪われた、もはや環境音としてしか機能していない機械的な声。

 

 


吉田一穂詩集 (岩波文庫)

  

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宗谷岬・ほんとの最北端

 五十分ほどバスに乗って、ついに到着。日本最北端、宗谷岬。

僕以外にも、五、六人ほど観光客がいて写真を撮っている。

事前に調べていたのだが、残念なことにこの時期、土産物屋は全て閉まっている。

今俺が日本で一番北にいる「自称ミュージシャン」なんや。なんかせな。

小さな声で自分の歌を唄ってみる(気になる人はライブに来てCD買ってね☆)。

虚しい。

 

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あの海を渡れば

 

サハリンまで43km。神戸からここまでやってきたことを考えれば、とても近い。

元々半分は日本の土地。それが今やロシアの、ヨーロッパの大地。

胸の中に不思議な、郷愁といっていいものが立ち上る。

あそこには、あの島には、失われてしまった原風景が、手つかずのままで残っているのではないか? そしてかつて遠い昔、そこで俺は生活していたことがあるのではないだろうか?

零れ落ちそうな新緑と青く派手なオウムのお喋り、民族衣装に身を包み半眼で微笑むウィルタの少年少女、柔らかな金の遅れ髪が夕陽に照らされてアカガネのように燃える、川底をそのまま映し出す透明で清冽な川のせせらぎ・触れずとも分かるその温度、キツネ、ヒグマ、毒々しく化粧をした蝶と原色の花……。

 

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遠くまで見えます

 

旧帝国海軍が建てた、旧海軍望楼に上って宗谷岬を一望。

 

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あの鐘を鳴らすのはあなた

 

付近を散策すると、大韓航空撃墜事件の慰霊碑として建てられた祈りの塔と、平和の鐘がある。

とりあえず、平和の鐘を鳴らしてみる。

ゴーン。

……うむっ!(なにがじゃ)

 

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折り鶴じゃないです

 

 祈りの塔。

 

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ヤバい!!!

 

駐車場に停まっていた、移動型図書館!

夢があるなあ。どうですか? 移動型ライブハウス。

 

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誰が訪れるねん

 

日本最北端、「宗谷岬神社」。でも宮司さんがいないので正式な神社扱いではないそう。

割と真新しい建物。うーん、いまいち?(怒られるぞ)

 

バス待合室にある旅ノートをパラパラめくっているうちに、バスが到着。

運ちゃんが吸うタバコの風情あることよ。

MV撮影のおかげでものの見事に再び吸い出してしまった煙草(一年くらいやめてた)を再度封印していたものの、この時ばかりは羨ましく思えた。

一瞬マジで運ちゃんに売ってもらおうかと考えた。五百円までなら出すよ。

 

ま、でも一から出直してる身だ。と最北端で吸うタバコの夢は年季の入った灰皿でもみ消してしまい、僕はバスに乗り込んだのだった。

 

稚内グルメ旅

宗谷岬から稚内駅まで帰ってくると、ちょうどお昼時だった。

駅前にある「たからや」というラーメン屋の暖簾をくぐる。

最果てにあるラーメン屋。これはもちろんグルメではなく文学である。

 

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北海道はラーメン天国

 

丼一杯に、並々と透き通るようなスープが入った塩ラーメン。

これ、味あるんかいなと思いながらスープをレンゲで口元に運ぶ。

 

美味い。

 

まるで駆け引きの上手な女の子のようだ。終電間際、望むほど遠ざかるあの絶妙なステップを踏みながら、彼女は僕の味覚という砂浜にさざ波を残していく(頭大丈夫かお前)。

またたく間に平らげ、スープまで飲み干してしまうと、「副港市場」へと足を運ぶことにする。

 

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稚内の色

 

アイフォンの充電が切れたため、副港市場の写真はない。

この写真は、そこへ向かう最中。

どうですか、この色の褪せ方。というより、奪われ方。イヴ・タンギーの絵画みたいだ。

うーん、たまらない。

 

副港市場に着いて、いくつか気になる店を巡るが、どうやらまだやっていない店が多いようだ。

まあグルメをやりに来たワケじゃないんだ。僕はね、土地の匂いを感じに来たんだよ。

とセルジュ・ゲンズブールばりにくたびれた表情を浮かべつつ僕が目指したのは、副港市場にある温泉「港の湯」。

 

「温泉!? てめえ、それグルメより文学に遠いじゃねえかよ!

「ならば主は、旅の疲れもそのままに宿で眠ると申すか? 風呂にも入らずに」

「欺瞞だ」

「なに?」

「ホテルサハリンの各部屋には、きちんとユニットバスが備えつけられている」

「ユニットバス! あんな欧米の畜生共が考え出した利便性のことしか考えていない犬小屋以下の場所で癒されるとでも思うたか!」

「サハリンには」

「ん?」

サハリンには、しっかり浴場だってある!

「ぐ、ぐぬぬ」

「どうした。グウの音も出まい?(古い)」

「……温泉こそ」

「なにか言ったか?」

温泉こそ文学! 日本のあらゆる文学は、温泉から立ち上る湯気を、快刀乱麻を断つごとく、自身の迷妄と見なして己がペンで切り開いてきたのだっ!

 


文士温泉放蕩録 (ランダムハウス講談社文庫)

 

自問自答の末、ちゃっかり温泉を「文学」のカテゴリーに登録した僕は、いそいそと服を脱いで「港の湯」のドアを開けた。

 

マーベラス(素晴らしいよ、ハイジ、クララ、ペーター、そしておじいさん!)

※意訳です

 

齢間もなく29歳のオッサンが露天風呂へ通じるドアを開け、素っ裸で冬の北海道に突っ立ち、肌が粟立つのを感じながらあっつうううい湯船に浸かって漏らした一言だ。

最高。くっわああぬっくもらあああ。

何度も出たり入ったり。雪に水をかけて溶かして遊んだり。サウナに入って地元のオッサンたちの方言交じりのトークを聞いたり。

 

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帰路

 

風呂から出ると、ひとまずアイフォンの充電をしにホテルまで戻る。

「寂しがってると思って」などとワケの分からないことを抜かす友人ケンの電話をあしらいつつ、『不滅』を読み終えた僕は太田君に薦めてもらった武者小路実篤の『友情』を読み始める(ちなみに太田君も電話をくれました。子供かワシは)。

あっかん、胸苦しくなるわこの本。

『友情』を肴にセイコーマートで買ったビールを消化すると、夜の街へ繰り出す。

 

 


友情 (新潮文庫)

 

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めちゃ雰囲気あります

 

北防波堤ドーム。夏には旅人がここで眠ることもあるんだとか。

 

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ホンマにこんな色なんです

 

暗澹とした海。だけど、波は絹のように柔らかく岸に打ち寄せている。

なんだか一つの大きな生き物の皮膚みたいだ(ポエマー魂炸裂!)。

でも、本当にそう思う。ここにあるのは決して生命を含んだ母なる豊饒な海ではなく、傷つきやすくて繊細で、それ自体がひっそりと呼吸しているような海。

 

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来たこともないのに郷愁を感じますな

 

防波堤沿い。僕は幽霊のように一人突っ立っている。

色を奪われ、魚の匂いがこびりついた最果ての街。

 

さあ。いよいよ夜の稚内の街に繰り出すことにする。

セイコーマート(もはや大好きです)でビールを調達したあと、ネットを駆使して調べた評判のいい居酒屋「親爺」を訪ねる。

電気は……点いてる! よし、営業中だ。

勇気を出して店に入る。

 

「いらっしゃい」

 

どうやら一番目の客だ。大将と目が合う。女将さんがすぐに暖かいお茶を持ってきてくれる。

緊張の一瞬。

 

「それ、なに持ってるの?」

その静寂を打ち破るように、大将が話しかけてきた。

「ああ、これっすか。いや、なんでもないんですけど」

「冷たいモン入ってるんじゃないの?」

「まあ、そうですね。入ってます」

「それなら冷蔵庫に入れときよ。おい!(女将さんを呼ぶ)荷物、冷蔵庫に入れてあげて!」

「はいはい。帰る時忘れないようにね~」

「あ。ありがとうございます」

 

なんてこったスペシャル良い人たちやんけ。

早速熱燗を大で、それから中トロとネットで調べた名物蟹味噌豆腐、あと聞き慣れないタコ頭なるものを注文する。

熱燗をちびりちびりやりながら魂をほどいていると、オッサンが入ってきて俺の三つ隣に座る。

「今日も来ちゃいました。まずビール!」

どうやらこの人も観光、ないしは仕事で来た人のようだ。会話から察するにリピーターだろう。僕の中でいい店係数がどんどん上がっていく。

 

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あなたが神か

 

熱燗を三割ほど飲んだ辺りで到着。

まずはタコ頭から。こういう時安いものから食い始めるのはつくづく貧乏人のサガよなっていうか美味、歯ごたえむちゃええ、なんじゃこりゃ、おいおい美味いぞ!

 

「タコ頭、どう?」

大将が聞いてくる。

「いやあ。あの、むっちゃ美味しいっす」

「そうだろ? 北海道のタコってのはミズダコっていってさ、とんでもなく大きいんだ。どっから来たの?」

「ああ、僕ですか? 神戸です」

「こっちのお客さんは横浜から」

そう言って大将が、三つ隣のオッサンを目で示す。僕とオッサン、会釈しあう。

「お客さん、神戸から、観光?」

「ああ、はい。そうですね」

「そうかあ。じゃあこの人と一緒だ。寂しい男の一人旅だあ

 

寂しい。男の。一人旅。

そのマジカル・ワードは宗谷岬に吹く風よりも僕を凍てつかせたが、熱燗のおかげでなんとか気を取り戻した僕は、次に中トロを口に運ぶ。

 

 

°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°引田天功°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

 

 

口内から見事に圧倒的な風味だけを残して消え去った中トロはまさしく、海の手品師。

ああ、食べるほどに思い出になっていく中トロ。思い出はいつもきれいであり、それだけじゃお腹がすくからまたトロ食って酒を飲むのだ(そしてヘビー級の恋は見事に沈み、星占いはアテにならず、あの人の笑顔も思い出せなくなっていく。それが人生なのだ)。

 

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反社会勢力レベルで飲める

 

蟹味噌豆腐。

「お客さん、このメニュー、知ってて頼んだの?」と大将。

「はい。ネットで調べて」

「誰かが上げてるんだなあ」そう言って少し照れる大将。かわいい。

「ま、これさ。食べてみてよ。何杯でも酒飲めるよ」

いやいや。そんなワケないでしょ。……ってこれヤバいよ大将! 何杯でもお酒飲めちゃうよ! おかわり! おかわり! グルメ万歳! 文学? アホか、既存の概念に捉われないこと、これこそまさしく文学そのものよッ! え、なに? 金? なんとかなるやろ!!!

 

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記憶にございません

 

気がつくと僕はまったく違う「広宣」という店で稚内名物のチャーメンを腹パンパンに詰め込みながら、焼酎の水割りを飲み続けて、ゲロを吐きそうになっていた。

 

思い出、全然きれいじゃない。