真白きだけの花火よ霞草

三十路で始めるロックンロール。いまだ売れていない天才(自称)バンドマンが語る音楽、文学、哲学、詩、料理、日々、あるいは旅。

稚内一人旅(無職・自称ミュージシャン)~その①~

はじめに

この一連の旅行記は、今からおよそ二年前、Amebaブログに書いていた記事です。

自分の人生において、とても大きな意味を持つことになったあの日本最北端の地・稚内旅行の記録を失うのはあまりにも惜しい。

ということで、こうして始めたばかりのはてなブログに持ってくることにしました。

諸事情により何日か更新できないので、こちらをお楽しみ下さい。

けっこう面白いと思いますよ。あと、もし稚内へ旅行に行く人がいれば役立つかもしれません。

 

 

 

 旅の始まり

「俺、今のバイト、もう辞めようと思ってるんですよねえ」

 

もう十年近く通いつめた、神戸はトアロードの付近にある某ライブハウス。

その事務所にいつものように居座って、ヘラヘラ笑いながら店長のWさんにそう打ち明けると、Wさんはパソコンのキーボードをタイプする大きな手を止めてこっちを見て、これもまたいつものように口元に悪戯めいた笑みを浮かべるとこう言った。

「ほんなら、旅出なあかんな。旅

「旅っすか」

「そりゃそうやろお。だって無職になるんやろ? そんな期間、これから人生でなかなか訪れへんと思うでえ」

「うーん、確かにそうですね」

「どっか行きたいとこないん? あ、フランス!」

Wさんは、僕がかつてフランス文学に傾倒していたことがあって(インテリ気取りの誰もが一度はかかるあのはしかのような病。ランボー、ボードレールに始まり、もはや全く内容なんて覚えていない退屈しのぎの読書、ジッド、バルザック、スタンダール、カミュ、セリーヌ、サガン、サド、ジュネ、バタイユ、アルトー、ツァラ、マンディアルグ……それからもちろんアンドレ・ブルトンとロートレアモン!)何度か冗談半分に彼の地への旅行を仄めかしたことがあったのでそう言ってくれたのだった。

 


ランボー全詩集 (ちくま文庫)

 


ボードレール全詩集〈1〉悪の華、漂着物、新・悪の華 (ちくま文庫)

 


シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (岩波文庫)

 

フランス。頭の中にぼんやりその甘美なイメージは立ち上がるけれど、それはやはりまだ僕の中では絵空事のままであることは、立ち上がった曖昧なイメージがすぐかき消えたことによって虚しくも証明された。

「いや、行きたいんですけどね。流石にそこまで金が。どこか他にいい場所ありますかね?」

「ふーむ。せやなあ。……北やな」

「ん? キタ? キタって?」

「北海道や!」

「え!? なんでですか?」

「アホウ。詩人は北に行くもんや

どうやら話しているうちにWさんの持病である「突発性思いつき症候群」が発病してしまったらしい。再びキーボードを、しかし今度は仕事ではなく北海道の情報を調べるためにタイプし始めたWさんを眺めつつ、そんなもんなのだろうか。詩人は北に行くもんなんだろうか。北に詩人なんていたか? と少し考えて、僕は吉田一穂という極北の詩人と、彼の美しい詩を思い出す。

 

「あゝ麗しい距離(デスタンス)

 つねに遠のいていく風景……

 

悲しみの彼方、母への、

捜り打つ夜半の最弱音(ピアニッシモ)。」

 

――『吉田一穂詩集』より「母」

 


吉田一穂詩集 (岩波文庫)

 

いた。いたにはいたのだが、今やほとんど忘れ去られてしまったこの偉大で哀しい詩人の他には誰も思い浮かばない。北、ってだけでいいなら、津軽出身の太宰治だが北海道ではなく詩人でもなく作家だし、つーかそもそも僕は詩人なんだろうか。。という根源的な疑問はひとまずバックドロップで沈めておいて(ついでに一つ多い「。」はモーニング娘。に返しておいて)、ふむ、確かに南に行くのはなんだか違う気もする。

どんなシチュエーションでそんなことを言っていたのか忘れてしまったけれど、僕はふと親父が酔うとよく口にしていた一つのセンテンスを思い出した。

 

「文明はな、寒いところやないと発達せえへんねん。南国は服脱いだら終わりや。寒さを凌ぐこと。そこから知恵が生まれるねん」

 

Twitterで呟いたら、毎年成人式で暴れ回るあの頭の悪そうな沖縄人軍団が無免許運転で神戸まで乗り込んできそうなくらい炎上必至の強引な理論だが(って書いた文章がそもそも炎上しそうだが)、北国で暮らす人間と南国で暮らす人間では、卑近な例だが暖房器具に対する考え方一つ取っても異なるに違いない。

優劣ではなく差異。そこに僕という人間の資質を当てはめた時、北と南、一体どちらが僕に適しているだろうか? 僕はすぐに自分でその答えを見つけ出すことができる。

 

A.南国に行き、頭を空っぽにしてバカンスを楽しむよりも、まだ厳しい寒さが残るであろう北国に行き、思考すること。

 

つまりは親父から口伝によってなかば無理やり受け継ぐことになった僕の「呪い」のようなものをWさんはちゃんと見抜いていたってことだ。

……本当か?

 

「どうせなら最北端やな。日本の端や。稚内!

思考遊びの末に辿り着いた疑いの眼差しを身勝手にもWさんに向けていると、Wさんはパソコンから顔を上げてそう言い放った。

 

稚内。

 

ん。稚内? どこにあるんやろ。いやもちろん北海道ってことは知識からも文脈からも分かってるんやけどそうじゃなくて。その、具体的な、場所。

「わっかない」

僕が間抜けなトーンでWさんが告げた地名を繰り返すと、Wさんは「分っかんない」とド定番のダジャレを言ってゲラゲラ笑った。

 

こうして齢間もなく29歳、無職にして貯金なし、犯罪犯してニュースに出たらテロップで自称ミュージシャンと表示されるくらいにいまだ無名のミュージシャンであり、Wさん曰くどうやら「詩人」である僕は、春の到来を告げる新しい月に変わると同時に稚内へ飛び立つことになったのである。

 


津軽 (新潮文庫)

 

 いざ、北海道へ

 

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旅立ちの朝はかくも美しいのだ

「探さないでください」

 

三月一日、朝六時三十分。

晴れて無職にジョブチェンジした僕は、人生一度は言ってみたかったセリフを、誰がいるワケでもない一人の部屋にぼそっと呟いてから外に出た。

風は硬く冷たいけれど、天気の良い朝だ。なのにどうして? 朝焼けがいつもより目に染みるのは気のせいだろうか。

いやほんの少しの間なら無職でもいいじゃん、だって俺、十七歳から今日までずっといろんなバイトを転々としながら働き続けてきたんやで? 大学に入ったらすぐ家出てさあ、バンドやってさあ、絶対売れると思ってたら解散してよお、酒に溺れながらもどうにか新しいバンド組んで、それがまた解散して、そんなんをずっと繰り返してよお、もう半分意地でやってるもんなあバンドをよお、って話が逸れたしシラフやのに絡んでる。それも自分に。落ち着け。

ま、とにかく十年以上ずっとバイトのシフトとにらめっこしながら金を稼ぎ、ライブをして、家賃を払い、酒を買い、女の子に使ってはフラれてきたワケだ。ホンマよお、どいつもこいつもよお、俺の甘さ=ピュア・ソウルにツケこみやがってよお、毎度毎度夜の街にぽつんと取り残される俺の身にもなれっちゅうねんおい! スルッと関西って呼ぶぞおい! あァ!? どういう意味やねんッ!!!

……ま、そんなことはどうでもいいんだけど(なんだか自分で自分が怖いんだけど)、ここらで一度ゆっくりと自分の来し方、行く末を考えてみるのも悪くないはずだ。大丈夫、なんとかなるって。

金はないが時間はある。誰か帰ってきたら土産話するからおごってくれ。

 

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モリスンは朝、空港で

 七時十五分。無事神戸空港に到着。一人旅の経験がまったくない僕にあらゆるノウハウを伝授してくれた元バイト先のTさんに感謝と祈りを捧げつつ、仕事で全国を飛び回るデキる男を装いながら(無職のクセに)喫茶店でモーニングをキメる。

コーヒーを飲んでいるうちに、せっかくだし、この稚内旅行のことを文章にまとめようか、と思いつく。誰でも書けるしょーもないグルメブログなんかじゃなく、カーヴァーの短編小説のように隠喩と示唆に満ちた、魂の奥底になにかを投げ込む美しいブログを!

よし。グルメはなしだ。大体が美食なんていやらしいものだ、聖書にも書いてあるではないか、人は天からのマナと水だけで十分に生きていけるのだ。

俺は飯のことなんて絶対に書かんぞ、と固くキリストに誓いながら手荷物検査を受けて搭乗口へ向かう。

 


Carver's dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選 (中公文庫)

 

「へえ、思ったより人が多いじゃん。みんななにしに行くんだろうねえ」

「遊びでしょ。まあそのへん仕事で行く俺たちと違うよね」

「え?」

「ボードもさ、仕事だから」

「仕事ですか」

「そ、俺たちにとっては、ボードも仕事」

「ボードも仕事っすか、ははは」

「はははは」

 

席に座ってくつろごうとするが、なぜか標準語で話す隣の座席の大学生たちがうるさい。

「ボードより滑ってんで、そのギャグ」と心の中でツッコミを入れつつ、救命胴着の使い方やら酸素マスクの使い方やらをいつになく真剣に聞いているうちに時間が経ち、飛行機が飛び立つ。

 

「神に近づくには神から遠ざからなければいけない」

とはキルケゴールの至言だが、まさにその通りに風景はミクロからマクロへ。ジオラマからパノラマへ。近くにあるから視えていたモノと、遠く離れないと視えないカタチを浮き彫りにする。

 


死にいたる病 (ちくま学芸文庫)

 

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宇宙? 感じちゃうね

空平線、とでも呼べばいいのか? 宇宙に近いほど色濃さを増す天空の群青と霧がかった雲の白・鼠色とを横一閃に斬り分けるライトブルーの光の帯の美しさ!

 

すげえよな、人間って空飛べるねんで。魔法の定義が「目には見えない力を使うこと」だとしたら、これは立派な魔法だ。

その定義を適応するならば、もちろん音楽だって魔法だし、誰かと恋に落ちることだって魔法だ。職を失うことだって(それは違う)。

 

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思えば遠くへ来たもんだ

 

魔法を楽しむことおよそ二時間弱。無事に僕は新千歳空港に降り立つことができた。

快適な空の旅をありがとう。

さて。快速エアポート、という電車に乗り込んでひとまず札幌まで。

 

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ぶっとびカードでよく来てます

今度は所要時間四十分くらいかな。札幌着! 北海道、思ったよりあったかいやん。

観光客のためなのだろうか、ばっちり暖房を効かせた施設に入るたびに、おそらく北海道側が予期していたよりもはるかに武装を整えていた僕は汗をぬぐったのであった。

で。

次に乗る予定の特急まで思ったより時間が余ってしまった。ふむ、どうするか。

思案している僕の目に、「札幌 ら~めん共和国」という文字が飛び込んできた。

……ま、ほら。時間がね、余ってるワケですよ。

グルメとかじゃなくてさ。そんなのは女子供に任せておいて、俺はさ、チャンドラーみたいに巧みに比喩を駆使した哀愁漂うブログをだね、書くつもりなんですよ。魂の奥底になにかを投げ込む美しいブログを!

でね。ここでぼーっと突っ立ってるより、少しでもいろんなことを体験した方がいいじゃないっすか。やっぱり。

 

僕はエレベーターのボタンを押すと、「札幌 ら~めん共和国」へとハンフリー・ボガートばりのハードボイルドな顔を作って向かうのであった。

 


長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))