藁科組(甲東園芸術啓蒙委員会)

関西を中心に活動する音楽系Youtuber藁科組の活動報告ブログです、ぴっぱらり〜☆

音楽とはなにか〜『西洋音楽史』を読んで考える〜 第一章 謎めいた中世音楽

えー、どうもこんばんは。僕が王様だったころ、というバンドで歌唄ってます、藁科です。といっても、最近はコロナのおかげで(どこもそうですが)さっぱりワヤ、まともにライブなんぞできとらんわけですが。

 

しかしライブがなくなっても曲を書くことや歌詞を書くことはできるわけで。せっかくなのでいろいろと勉強したり調べたりしているんですが、やっぱり自分でまとめないとすっかり頭から抜け落ちてしまうわけで。

それがもったいな、と思ったので、こうして書くことでまとめていこうと。

ぼくのブログ読むなんて、まあよっぽどクソヒマな人間か、あるいはマニア(そんな人がいてくれたら嬉しいですね)だけでしょうが、その人たちに面白がってもらえるようなことを書いていけたらいいな、と思ってます。

書く、というより語るような感じで。ほとんど推敲もせず。体裁を整える、というより目の前にいて話している、そんな距離感が理想です。

 

というわけで大きく打ち出してるわけなんですが、、、まずファースト・テーマは

 

「音楽とはなにか」。

 

いや、デカすぎるやろ。デカすぎるんですが、、、このあまりにも巨大なテーマを、今『西洋音楽史』(著:岡田暁生)という素晴らしい本を読んでいるのですが、ここから考察していければいいな、と思ってます。

ま、『西洋音楽史』のブック・レビューみたいなものだとお考えください。

 

 

 

 

というわけで早速、『西洋音楽史』第一章「謎めいた中世音楽」。

 

われわれがここで辿るのは、俗に「クラシック」とよばれている芸術音楽のルーツだ。

 

そ、この本はクラシックについて書かれた本なんですよね。ロックとポップスばかり聴いていたんですが、最近ぼくは音楽のルーツというものに興味がありまして。つまり、今自分がやっている音楽は一体どこから来たのかを追求していまして、その一環としてこの本を買い、ほとんど未知の領域であるクラシックに足を踏み入れようとしているわけなんですね。

 

や、そりゃベートーベンとかモーツァルトとかマーラーとかチャイコフスキーとかワーグナーとかヴィバルディとかリストとかバッハとかメンデルスゾーンとか、まあ名前を挙げるだけならいくらか知ってるんですが、今ひとつそのすごさが理解できない。

 

これって哲学でも同じで、ウィトゲンシュタインとかカントがあまりにもさっぱりだったんで、ぼくはプラトンやらアリストテレスから勉強し始めたんですが、そうすると少しずつ分かってくるんですよね。分からないなりに。あるいは絵画。キュビズム(ピカソとかね)を理解しようとするならある程度美術史の流れを理解しておく必要があるわけで、ようするに学問ってのは基本的に階段になってるわけで。いきなり上の段にはいけないんですね。なので、こうやってクラシックも基礎から学ぼうと思ったわけです。そうすれば、今自分がやっている音楽の立ち位置がもう少し明瞭になるっていうか。

 

さて、前置きは置いといて早速読み進めていきましょう。どれどれ、、、

 

「芸術」としての音楽のありようとはいったい何なのか? 端的にいえばそれは、「楽譜として設計された音楽」のことである。「設計=構成されるコンポジションとしての音楽」が芸術音楽だと考えれば、まずは民謡や民族音楽がそこから除かれる。

 

ギター片手にボロンボロンと音を探るのではなく、紙の上で音の設計図を組み立てるという知的な性格を強く帯びているのが、芸術音楽である。

 

なるほど〜。コンポジションてなんじゃ? 「構造」ね。ふむ。つまり芸術音楽は極めて建築的な性質を持ち合わせている、ってことなんですかね。

 

ここで思い出してほしいのは(中略)人々の識字率は今では考えられないくらい低かったという事実である。(中略)つまり芸術音楽は、主として西洋社会の知的エリート(紙を所有し字が読める階級)によって支えられてきた音楽のことなのだ。

 

そうか。当たり前やけど録音機器なんてないわけですから。音楽を「再現」するには「記譜」、つまり共通のコード化する必要があるわけですね。

 

この西洋音楽史の最も重要な水源の一つが、いわゆるグレゴリオ聖歌である。

グレゴリオ聖歌とは「単旋律によって歌われる、ローマ・カトリック教会の、ラテン語による聖歌」のことである。

 (個人メモ)※グレゴリオ→ルネサンス→バロック

 

おお。聞いたことありますね。グレゴリオ聖歌。むかしCDショップで働いてた時、棚のものっすごい端っこに置いてあったような、、、。

 

聖歌が生まれた中世は、現代のわれわれには想像もつかない世界だった。異端審問と火あぶり、巡礼と托鉢僧の行列、数々の災害と天変地異、悪魔の憑依、血を流すマリア像といった奇跡の数々……。

 

こんな時代に、修道院の中で絶えずこだましていたのが、修道士たちが歌う聖歌だったはずである、と書かれています。

 

それはまさに「神の言葉」ないし「神の世界で鳴り響く音楽」として響いたはずである。

 

、、、あらためて考えれば、これってむちゃくちゃとんでもないことで、ファンタジーの世界がそのまま現実だったんですよね。だって、近くにいます? 火あぶりになってる友達とか。悪魔に取り憑かれてるやつとか(これはいるかもしれないな)。

 

さ〜〜〜、ではみなさま、そんな世界に自分が暮らしていると想像して「グレゴリオ聖歌」、聴いてみましょうか。いでよYoutube!

 

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なんといいますか、、、今とまったく違う法則で世界が動いていたんだなあ、ということが分かりますね。暗いんですが、マイナー・コードのような分かりやすい暗さじゃない。荘厳、神聖、非・肉体的な印象があります。美しいですね。

 

ただし忘れてはならないのは、グレゴリオ聖歌は確かに芸術音楽のルーツであるが、(中略)民謡のように口頭伝承される音楽であり、記譜される音楽として考案されたものではなかったし、しかも日本の声明にも似た一種の呪文、つまり言葉とも歌ともつかない存在。

 

ということは、言葉それ自体の組み合わせや連なりからメロディーというものが生じてきた、と考えられるってことですかね。

原初の音楽は、メロディーがあってそこに言葉をあてはめるのではなく、言葉と、そこから自ずと立ち現れてくるメロディーだった、と。

これは歌詞が先か、曲が先か。というミュージシャンなら誰もが一度はぶつかる問題に対する、一つの回答ですね。笑 最初は歌詞が先だったわけですよ。や、これはどっちが正しいとか間違ってるとかそんな話じゃなくて、、、って、このブログ読んでる人たちならいちいちそんなこと書かなくてもそれくらいのリテラシー備わってるか。

 

西洋に「楽譜として設計する音楽」が初めて現れるのは九世紀、グレゴリオ聖歌を母胎として生まれたオルガヌムというジャンルにおいてである。

 

さて、見事に引っ張っておきながらここで少し音楽史から離れて、岡田さん(著者)、時代背景を説明してくれます。この焦らし上手っ! なんとこの本、歴史まで学べちゃうんですね。すごい。頭賢くなる本(アホの感想)。

 

古代ギリシャ・ローマ文化はゲルマン人の侵入によって一度解体された(中略)ヨーロッパが再び統一的な文化圏を形成するようになるのは、カール大帝(800年戴冠)のフランク王国以後のことである。

カール大帝が統一したのは、今のイタリア北部とドイツおよびフランスのほぼ全域だった。(中略)つまり芸術音楽のはじまりは、時代的にほぼ西洋世界の成立と一致しており、そしてこの西洋世界とはイタリア・フランス・ドイツの文化トライアングルのことだったのである。

 

ほんまにこんなこと学校で勉強しましたっけ? もっとちゃんと勉強しとくべきやったな、、、ノートに「俺が選んだロックの名盤ベスト100」とか書いてる場合じゃなかった。ロックが悪いんやロックが、、、。

 

というわけで、このフランク王国(フランク永井が王様の国ではない)(分かってる)(しょうもない)成立のあと、グレゴリオ聖歌が紙に書かれるようになります。ただ、当時のネウマと呼ばれる楽譜は、五線譜とはまったく異なっていて、歌詞のとなりに節回しをあらわすミミズが這ったようなさまざまな記号をつけるものだったそうです。

 

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ネウマ。wikipediaより

 

この九世紀の音楽史における最も重要な事件は、『ムジカ・エンキリアディス』という理論書である。

 

https://livedoor.blogimg.jp/matsukaze_eclipse/imgs/5/b/5bf2b1a0.png

 

(中略)上の線はグレゴリオ聖歌を、下の線は新しくつけ加えられた対旋律(オルガヌム声部)を示している。つまり人々は、聖歌をただ単旋律で歌うだけでは徐々に物足りなくなり、もう一つの旋律をそこに重ねて歌うようになったのである。これまでたった一本の横の流れしか知らなかった単旋律の音楽思考に、縦の次元が加わったわけである。このようにグレゴリオ聖歌に新しい別の声部をつけ加え、それと重ねて歌うジャンルを「オルガヌム」と呼ぶ。

 

えっ。いきなり面白すぎませんか? おそるべきは人間の貪欲さ、といったところでしょうか。「詩は歴史性に対して垂直に立つ」という稲垣足穂の至言がある、とやたらめったら中島らもがあちこちで書いているんですが、なんとなくその言いたいことがここで分かる気すらします。縦軸が生まれればヴァリエーションが現れる。交差することによって新しい響きが作られる。云々。

 

当時はまだ、ゼロから何か曲を作るという意識はほとんどなかった。「曲を作る」とはグレゴリオ聖歌に何かを少し加える、つまりそれを編曲することだったのである。これは中世における美術の状況とよく似ている。つまり当時は、絵画といえばほとんど宗教画と同義で、描かれる主題は聖書に取材した場面ばかりであって、しかも主題ごとにそれを描く構図は前もってほとんど決められていた。(中略)時代が下るにつれて、グレゴリオ聖歌がオルガヌム声部(新しく加えられた声部)より下に置かれることが多くなる。つまり最初は上に置かれたグレゴリオ聖歌を飾るものだったオルガヌム声部の方が、曲の主眼になってくるのである。(中略)十一世紀から十二世紀初頭になると、かなり独立した動きをするようになる。聖歌の旋律と逆の方向に動いたり(反進行)、長く引き延ばした聖歌の上に細かい装飾的な旋律がつけ加えられたり(メリスマ・オルガヌム)するようになるのだ。

 

どはー、ですよ。どはー。なるほどねえ。これはグリコですよ、グリコ。いつの間にかおまけがメインになってる、っつー。

 

ただし西洋芸術音楽のこれら最初期の様相は、あくまで想像上のものにすぎず、具体的なことの大半は闇に包まれたままである。古い資料からある程度のことは察することができる。だが、これら初期オルガヌムがいったいどんな風に鳴ったかは、永遠の謎であり続けるだろう。

 

つまり、上に貼っつけたyoutubeのリンクも、まああくまでも想像上のもの、ってことですね。

 

さて、この中世音楽が爆発的な発展を見せるのは、十二世紀末のノートルダム楽派の時代からだそうで。

 

第一回十字軍がエルサレム奪還に成功し、十二世紀において教会は、王をも凌ぐ絶大な力を手にした。(中略)宗教者たちは人々に自らの権力を誇示するようになる。この時代、フランス各地では続々とゴシック教会が建築される。天にも届かんばかりの尖塔、入り口を埋め尽くす彫刻群、そしてこの世のものとも思えないステンドグラスの不思議な色彩ーーそれは地上に再現された神の家だった。(中略)ノートルダム大聖堂がほぼ完成したのが1250年。(中略)このノートルダム大聖堂を中心に展開したのが、ノートルダム楽派の音楽だったのである。

 

ノートルダム楽派はレオナンペロタンという二人の「作曲家」の存在によってつとに知られる。(中略)レオナンは、さまざまな教会儀式のためのオルガヌムを体系的にまとめ(『オルガヌム大全』)、ペロタンは、これらのオルガヌムをさらに大規模に改編したといわれる。

 

おっ。出てきましたね、ようやくここに来て人物の名前が! レオナンとペロタン。ゆるキャラみたいな名前しやがって。

 

レオナンの曲は二声のごく繊細なもので、引き延ばされたグレゴリオ聖歌の上に、宙を漂うようなオルガヌム声部が細かく飾られるメリスマ・オルガヌムである。

 

つーわけでいってみましょ。レオナンっ!(召喚獣を呼ぶ口調で)

 

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確かに! 低いところに長いメロディーがあって、その上に細やかな声部がある!

グレゴリオ聖歌、進化してる!!!

 

ペロタンの曲は、比較にならないくらい規模が大きく、ほとんど「中世のシンフォニー」と呼びたくなるほどだ。編成は四声へと拡張され、低音で轟くグレゴリオ聖歌は巨大な石柱を思わせる。そしてその上にリズミカルなオルガヌム声部がのせられる。

 

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ペロタンすげえ!!! ペロタンすげえよ!!! 友達がペロタンやったら感動するわおれ!!!

 

ペロタンの曲のこの舞い踊るようなリズムは、この時代からようやく、音高だけでなく音の長さ(リズム面)もある程度表記できる楽譜システムが考案されたことと、密接に関係している(モード・リズム)。おそらくそれまでの音楽は、まだまだ言葉から完全に独立しておらず、したがって歌詞を適切な抑揚で唱えていればおのずとしかるべきリズムになる(中略)要するにお経などと事情は同じであって、わざわざ楽譜で書かずとも、言葉の抑揚が自然に適切なリズムを導いてくれるのである。しかるにペロタンの時代から初めて、音楽は言葉の抑揚から解放され、音楽固有の時間文節の法則(リズム)を追求するようになった。

 

めちゃくちゃ面白くないですか? ねえ、ねえって!!!!!(うるさい)

言葉本来が持つ抑揚、重力を外す役割としてのメロディーとリズム! 枠組を作って、そこにはめていくという、、、極めて分析的なアプローチ。分類と再現。形式化。

 

ペロタンらの曲は、今日の多くの人にとって、まるで異世界の音楽のように響くはずである。この違和感にはいくつか理由があるのだが、その最大のものは和声感覚の違いだ。われわれにとって「和音」といえば、たとえば「ドミソ」のことであるが、中世においては「ドミソ」は不協和音だった。つまり「ミ(三度)」が入っていてはいけなかったのである。ためしにピアノで「ドミソ」と「ドソ」を弾き比べてみてほしい。柔らかい前者の響きに対して、後者はどこか尖っていてまろやかさを欠く、空虚なものに聴こえるはずだ。だが中世の人にとっては、このーー近代の和声法では「空虚五度」と呼ばれて禁則とされるーー「ドソ」の響きの方が「正しかった」のである。つまり中世においては禁欲的で峻厳で威嚇するような響きこそが求められたのであって、音楽はーーわれわれがついそう考えがちなーーどこかしら甘美な存在ではなかったのであろう。

 

はー、面白すぎる。つまりこと音楽に限っていえば、「絶対的な正解」ってものは存在せず、あくまで「時代が決めた正解」しかない、と。だって昔は「ドミソ」、不協和音だったわけですから!

この話を読んで真っ先に思い出したのがカートなんですよね。徹底的に「ドソ」、五度のパワーコードを使い倒したカートにとって、音楽は甘美ではなく、禁欲的で峻厳で威嚇するような「ドソ」の響きが正しかったのかもしれない、と。

もしかするとそんな領域でロックを鳴らしていたのかもしれませんよね。むちゃくちゃな繋ぎ過ぎますかね?笑

 

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おお、書き疲れた、、、今日はここまで。ここまで書きゃ、まあ続き書かなくても十分面白いでしょ。自分の備忘録としては、、、。

藁科組#.3キュウリの声 & 売れないバンドマン、アイドルへ 裏話

ちょっと触らない間にガンガン動画上がってしまってますね、、、ブログ追いついてねえ。

 

こんばんは、藁科組組長藁科です。さて、今回は街ロケ最終回にして一番再生回数の少ない食レポ編。

 

 

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や、ぼくTVってほとんど見ない(というか家にない)んですけど、やっぱり食レポっていうと大体ゴールデンタイムにチャンネル回せば一本はどこかでやってる印象ですね。

 

大の大人が口に入れたり出したり、擬似、、、いや、やめておきましょう、とにかく飯を食っては美味い〜! だのなんだの、くっだらないこのこの上ないあれです(お前が言うな)。

 

そう、カッコの中で突っ込んでしまいましたが、じゃあなんでそんなくだらないことにチャレンジしたのか。

 

ええ、そうです。ミュージシャンにとって必要不可欠な表現力を身につける訓練、そのためだったんですよね〜(キラキラ)。

 

お前はTVに親でも殺されたんか、という感じですが、えーどちらかというとですね、実家でまだ暮らしていた時の話なんですが、なぜか一家でぼくだけが父親に、見たいTV番組があればその理由と視聴時間を申告しなければいけない、という決まりがありまして(高校時代。小、中学校の時はまあ普通に見れたんじゃないかな、、、)。

 

どちらかというと親にTVを殺された、みたいな話なんですが、まあそれからTVってものに対して徹底的に拒絶反応があってですね、で、時代はまさにネット隆盛期、ぼくはしばらくの間2ちゃんねるから出てこなかった、と。

 

まあそういう切ない過去があるんですがそれは置いといて(重い)、食レポですよ食レポ!

 

今回ぼくが食ったのは鴨肉の上にチーズをのっけたもので、まあこれで不味かったら作ったやつはアニメキャラ確定レベルなんですが、ええ、異次元への扉が開くこともなくふっつーに美味かったです。予想以上に。

 

で、奥谷が食べたのが、、、ズリコン? 食ってるものまで卑猥だなこいつは。

 

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えーこれは、、、ズリをオリーブオイルで炒めたやつ、、、でしたっけ。すいません、最近記憶が、、、なんかむっちゃ酒飲んだ記憶だけはあるんすけどね。

 

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ケントが食べたのはペペたま。ペペロンチーノmeetsカルボナーラ的な食物ですね、これも不味いわけない、というかこれで不味いもの作ったらそいつは馬鹿なんですが、ケントのコメントもおそろしく馬鹿なんでまあ引き分けとしましょう(なにが?)。

 

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で、最後。若頭が食べたのがたばこ飯、、、ではなくキュウリっすね。(タバコ飯に関しては将太の寿司を読んでください)。

 

ぼく長い間キュウリだけは食べられなかったんですよね。

 

だって、キュウリって食べる方がキュウリから手に入れるよりもエネルギー使うらしいんですよ? ほんとはあれ鈴虫のエサなんですよ。昆虫ゼリーって食えるけど食わないでしょ? それと一緒なんです。

 

ちなみに最近ではキュウリも克服しました。これでいまのところぼくに食の弱点はありません。

 

食レポ編に関してはこんなところかな。次は問題の「長期企画!!"売れないバンドマン、アイドルへ!!"」、ですね。

 

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え〜ついにやっちゃった感のある企画ですが、そもそもぼく人生で一番最初に買ったCDがTOKIOのシングルでして、、、知ってます? 「Oh! Heaven」っていう、「天国に一番近い男」っていうドラマのエンディングテーマだったんです。

 

このドラマは、主人公松岡演じる甘粕四郎と陣内演じるオジさん天使こと天童世死見が、神から与えられた命題を次々にクリアしていくという話で、ぼくの人生に多大な影響を及ぼしたドラマなんですよね。

 

https://www.nicovideo.jp/watch/sm15873362

 

公式がyoutubeに上がってないんで権利とかね、、、アレなんですが、ニコニコにあったんでリンクだけ貼っときます。まずは見てください。

 

 

 

見ました? ねえ、ちゃんと見ました? 見ましたよね。

 

 

 

 

、、、さいっこうじゃないですか? 

 

全員でビシっとスーツ着てサングラスかけてラインダンス、、、松岡が箒をエレキに見立てて弾くその隣にはロッカーズの陣内ですよ!?

窪塚はかっこよすぎるし、奥菜惠はウルトラキュート!!!

 

ミッシェルより先にスーツってもんのかっこよさを教えてくれたんですよ、彼らは!

 

あー今日はサングラスかけて外出しよ。

 

それとですね、この「Oh! Heaven」っつう曲の歌詞に

 

いつでもI'll be alright 天使は夜明けに来るから

 

という部分があるんですが、まだCDを買う前のぼくは

 

いつでもあてのない天使は夜明けに来るから

 

という風に勘違いしてまして、、、そうか。天使だってあてがないんだ。と。

 

ひっそりと天使と夜明けに寄り添う絵面を想像して感動したこの記憶が、自分になにかこう、、、詩情というものを目覚めさせたといっても過言じゃないと思ってるんですよね。

 

まあつまり、TOKIOによってぼくはロックと文学に目覚めたわけですよ。

 

とまあ、いつも通り話が脱線しましたが、まあぼくが子供の時はそれこそアイドル全盛期、モー娘。とかも出てきてね。ぼくはラブひなのカードを友達と交換してましたけど。

 

まあなんか、長期企画? ってことで無謀にもアイドルを目指てあまつさえ年末にはライブをやるだのなんだの奥谷くんが言い始めやがってですね、どうやらこの死に体(明日で32歳)に鞭打ってあらたな生き恥をさらしつつダンスを練習しなくちゃいけないらしいんですよね。マジかよ。

 

まあこっちはどうなるかお楽しみ、、、って感じで。ぬるうく、あたたかあく見守っていただけるとこれ幸いでございます。

 

というわけで次回ブログ更新は、なぜかやたらと再生回数が伸びてる寒中水泳編、これ全3回予定してるんで、それが終わったら書きます! 

 

それではみなさまお元気で。さよなら、さよなら。

藁科組#2.マサラタウン裏話 あるいは甲東園街ロケ

どうもこんばんは、藁科組組長の藁科です。

 

えっ藁科組ってなに? って? そんなにぼくに興味ないっすか? これこれ、ひとまず以下の記事からどうぞ。

 

www.haruichisemon.com

 

 

さて、今回は初の街ロケ! ということで、え〜引き続きモノクロームでイキった感じで撮影しておりますけども(今回のコンセプトはドキュメンタリー、つうことらしいです)、撮影場所はバードランドが位置している「甲東園」という駅です。

 

www.youtube.com

 

みなさまご存じですか甲東園? 阪急西宮北口から今津線という少々ローカル(怒られるかな、、、)な線で向かうこの駅、ちなみにぼくは名前は知ってはいたもののバードランドに通うまでは降りたことない駅でした。

 

 

 

なぜか仁川駅のお話

なんで知っていたかというと、この甲東園駅の次が「仁川」駅といって、そうです、阪神競馬場がある駅なんですね〜。

 

www.jra.go.jp

 

ぼくは二十歳過ぎから何年か、重賞だけでなく夏の小倉開催なんかも追っていたくらいには競馬場に通い詰めてたことがありまして(そういえば『競馬場に出かけよう』という曲も書いたくらいです。気に入ってる曲なのでいつかどこかで披露できれば)、しょっちゅう仁川駅に降り立ってはめちゃくちゃ馬券の上手い友人にいろいろ教えてもらって、ヤニのこびりついたみすぼらしいジジイや悪ぶりたいだけのクソガキ共と一緒に第四コーナーに夢を見たものです。

 

そのころぼくは週二回のコンビニ夜勤バイト+競馬だけで食いつないでいたのですが、当然そんな生活がいつまでも続くはずなくあえなく破綻。

 

それからは熱視線とラブコールを送りつつもなかなか競馬場に足を運べていないのですが、そもそも仁川駅の思い出は今回まったく関係ないんでこのへんで終わりにして、甲東園ですよ甲東園。

 

ようやく甲東園のお話、、、?

今回の動画にもありましたが(見ましたか? 見ましたよね!)、関関同立(関西大学・関西学院大学・同志社大学・立命館大学)という、まあいわゆる関西私立の難関四天王のうちの一つ、関西学院大学、通称「関学」のキャンパスが甲東園にはあるらしく、けっこう夜遅くまで学生たちで賑わっています。酒を飲んではぎゃあぎゃあと遅くまで騒ぎうっとおしいことこの上ありません。

 

あっしまった、本音と建前が逆だ!

 

ま、もちろんこれは冗談なのですが。

 

で、ですね、藁科組の三人、若頭、ケント、奥谷はなんとみんな関西学院大学出身! ということで、まさに学歴の無駄遣い、ザ・こうなってはいけない人たちの見本なんですね。

 

えっ、ぼく? ぼくは関関同立の下の、産近甲龍(京都産業大学・近畿大学・甲南大学・龍谷大学)、、、の下の、いわゆる摂神追桃と呼ばれている中の大学を出ましたあ。そうなんですう、わかるのは分数のかけ算までなんですう(ほんまに怒られるぞ)。

 

や、それにしても大学生活はほんと地獄でした。

 

ぼく完全にこじらせちゃってまして、常にウイスキーのポケット瓶を飲みながらブロンを飲みつつ俗世を睥睨し、図書館で一人アルトーやバロウズや夢野久作なんかを読んで、なにが書いてあるのかちんぷんかんぷん、まったく分からないにもかかわらず「おお、哀れなる衆愚よ。おれはいま彼らとはまったく違う次元に位置している人間なのだ」と、、、ああやめましょう、このままでは今日が命日になってしまいます。

 

 


裸のランチ (河出文庫)

 

 

っていうか学歴なんてほら、ぼくら、「組」だしい? もう関係ないわけですよ! 次、次の話!

 

「和」とKYU-KANBI

そういえばケントと奥谷が言っていた「和」という牛丼屋なんですが、結局この撮影のあと酔っ払ったぼくは一人で行きました。

 

これが妙に優しい味で(組分け帽子が食ったら間違いなく「ハッフルパフ!」って言います)美味かったです。

 

tabelog.com

 

なんか夜中の12時? 1時? とにかく遅くまでやってみるみたいですね。

 

大手牛丼チェーンに完全に無視されているローカル駅甲東園では非常に重宝される店なのではないでしょうか(やめとけ)。

 

さて。今回の街ロケ(というほどのものでもないですが)は次回の食レポとセットになっていましてですね、、、おそらく最近の関学の学生さんたちはみんなここで飲んでるんじゃないでしょうか、「洋風酒場KYU-ANBI」というお店にアポをとり、無事に撮影させてもらえることになりました。

 

tabelog.com

 

この「KYU-KANBI」は、関学出身の店長さん(イケメン)が仲間たちと立ち上げた居酒屋で、ぼくも個人的に何度か使わせてもらってます。

 

バードランドともよく一緒に企画をやっている「KYU-KANBI」なんですが、、、とにかく安い! ハッピー・アワー(19時まで? だっけ)はハイボール100円、そのあともドリンク・フード280円〜ということで、、、ほんなら肝心の味は? そしていったいどんなメニューが出てくるのかは、、、

 

次回公開される食レポ編を楽しみにしておいてください〜!(おっ、いい引きじゃないですか!?)

 

おまけ

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記念すべき奥谷からの初どつきツッコミ

 

藁科組#1.はじまり 裏話

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えー、どうもこんばんは! 番組はご覧いただけましたでしょうか!

藁科組組長の藁科です!

 

、、、あのーすいません、これって、どうしても冒頭からスベらざるをえないですよね? どうしようもないですよね?

せやけどねえ。あれですよ、スベったスベったとやいやい言うのは簡単で、、、

 

 

実際にスベったやつだけがはじめて冬季オリンピックに出場することができるわけですよッッッ!!!

(開始速攻2スベりですおめでとうございます)。

 

 

さ。一見さんをダダスベりで何人かふるい落としたところでですね。

 

スタジオ・バードランド経由でこの動画を視聴した人の中には、いったい藁科組ってなんぞ? というかそもそも藁科って誰ぞ! っていうかまず藁科ってなんて読むんぞ!(ワラシナって読みます)と思っている方もいてはると思うんで、自己紹介も兼ねて今回の動画の補足説明的なことをつらつらと書いていきましょうかね。

 

、、、っちゅーかその前に一個いいですか? 

 

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ぼくのおそろしくかっこつけた真面目なツイートよりもYoutuberやりますのツイートの方がはるかに反応あるんですがこれっていったいどういうことなんでしょうか? これってトリビアになりますかね(古い)。

 

えっ、っていうかもしかして誰もぼくにロック求めてなかった? 自分だけ自分のことわかってなかった? 中学生の時にクラスのかわいい女の子にギャグしかけたらむちゃくちゃ笑ってくれたんでここぞとばかりに悪魔に取り憑かれたプーさん通称デビルプーさんとかいうクソギャグを連発してたら「いい加減ほんまにウザいねんけど。わからへんの?」って急に真顔で怒られた時ともしかしてぼくなにも変わってないですか?(その日から中島梓の『コミュニケーション不全症候群』がぼくのバイブルです)

 

 


コミュニケーション不全症候群

 

 

はっ、気づけば前置きがバカ長くなってしまった。本題に入ります。

 

 

 

藁科組ってなに?

 えーそもそも藁科組ってのはですね、ぼく、藁科が神戸にある某ライブハウスVARIT.でブッキング業務をやっていた時に出会った若手バンドマンたちが各々勝手に仲良くなって、自分たちのことを「俺たち藁科組」などとありがたいことに言い出しやがってくれて結成された、まあなんつーんですか、花見をしたり、海に行ったり、酒を飲んだり、忘年会で暴れたりするだけの集いです。

 

varit.jp

 

で、その藁科組の連中の何人かが、甲東園にあるスタジオ「バードランド」を乗っ取ったんですね。乗っ取ったのはいいんですが、なにせ素人の集まり。

 

いきなり経営難の壁にブチ当たってるわけですよ。

 

で、別に助けてあげる、とかそんなたいそうな話ではないんですが、ぼくがやっているバンドの練習をバードランドで毎週やっているうちに、なんとぼくらは気づけばバードランドの売り上げの10%近くを担う大株主になったわけです。

 

そんなわけで、もはやバードランドの経営は他人事ではなくなってしまい、こうして経営難を逃れてもっとたくさんの人にバードランドを知ってもらうための一大事業に巻き込まれてしまい、もっとも自分から遠いと思っていたYoutuberになってしまったわけです。おわかりいただけましたカナ? カナ?(当方躁鬱の気があり突如萌えキャラ化)

 

www.studiobirdland.jp

 

 

そもそも藁科って誰?

兵庫県伊丹市で高校まで育ち、同級生たちと結成した最初のバンド「THE BACK BEAT BRINGERS」でボーカル・ベースを担当。

 

最初のころは初期のベンジーに憧れて上裸だった。

 

あまり唄えないけど暴れる方のボーカル、として一部の、しかもなぜか野郎たちだけの支持を得て、ワンマンを四回行うなど順調にバンドを進めていくも唄える方のボーカルが逃走、結局そのバンドは解散してしまい、それからもバンドがもたらすその日限りの夢から覚められずデイ・ドリーム・ビリーバーとして様々なバンドを転々とする。

 

現在のバンドは僕が王様だったころ。

 

www.youtube.com

 

日本橋にある(今はもうないらしいが)某メイド喫茶から退店しようとしたところ、突如ファンタジー空間にまったく不釣り合いなバカでかいおっさんが入り口をふさぐ形で出現していたので「あの、、、あれって?」と聞いたところ「ん? 見えるん? 天使やで」と茶髪のメイドに言われ、あれ? これもしかして、、、と思っていると案の定コーヒーとフリスビーより薄いパンケーキだけで一万円ぼったくられたことがあります。

 

若頭って誰?

スタジオバードランドの経営者。バカ力名義でマジなのかギャグなのかわからない楽曲をつぎつぎと発表している。

 

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やたらと声のでかいだけの無力なおっさんかと思われたが、実は元TVマンで、その時に培われた技術を駆使して動画編集を行う、この企画の要。アイデアマンでもある。

 

VARIT.で行われた忘年会ライブでアルコールの魔力により乱心していた藁科と仲良くなり、自ら若頭を名乗る。が、藁科よりも歳上なので本当はどう接すればいいのか、今日までまだ困り続けてます。

 

奥谷洸平(Kohei Okutani)って誰?

ナルシスト担当。

 

www.youtube.com

 

よく分からないくらい男前な顔と抜群のスタイルで音楽活動だけではなくモデルとしても活動、その上英語も流暢でシェイクスピアなど古典文学や詩学にも精通(下ネタではない)しているなど、もはやきょうびの漫画では設定盛りすぎて存在を疑われるレベル。

 

普段はアルコールの魔力に乱心している藁科を冷静に観察しているが、同じく酒に呑まれた時には、藁科よりもはるかに特大のホームランをぶちかますことがある。

 

谷村健斗って誰?

僕が王様だったころのギタリスト。

自身のバンドも現在立ち上げ中。

好きなものはノイズとシュルレアリスム。

アルコールの魔力に乱心している藁科の世話を焼かされている。

危険思想の持ち主。

違う国に生まれたら逮捕されてる。

オズの魔法使いでいうブリキの人形。

人間のこころを欲しがっている。

グラビアアイドルの小池栄子に似ている。

 

 

 

、、、えー、以上、レギュラーはこの4人でお送りします。が、他にもまだ組員はいるので、その紹介は彼らが登場した時にでも。

あ、ちなみに組員募集中です。warasheena@gmail.comまでメールください。

 

なにをしていくの?

えー、実はいろいろと企画会議をしましてですね、すでに30個ほど企画は上がってます。

ただ、せっかくミュージシャンたちが集まっているので、すべての企画はバンド活動になにかしら通じる形を取っています。。。と、いう建前があります。

 

ちなみに今回の放送で言っていた「将太の寿司」っていうのは「演じてみよう! 将太の寿司」という企画で、その名の通り、あまりにろくでもないやつらばかりが次々に登場することで有名な漫画『将太の寿司』を(いい歳して定職にもつかずにプラプラしているろくでもない男たちで)真剣に演じてみよう! というまったくもってよく分からない企画です。

 

togetter.com

 

で、ですね。

こんな企画をやってほしい、というリクエストも随時受け付けております。

そちらもwarasheena@gmail.comまで「企画リクエスト」というタイトルでメールくださいませ。

 

ほんで、なんでこんなことを始めるのか、ってことなんですけど、まあバードランドの経営云々っつーのも少し建前で、ほんま、面白いこと考えたり、いい音楽やってるやつらって身の周りにたくさんいるんですよね。

 

でも、一人一人の発信力ってやっぱり限界がある。

 

それなら毛利元就三本の矢方式でですね、みんなで協力して自分たちを売り込んでいこうじゃないかと。

 

なので、たくさん視聴してもらえればその分動画の更新ペースも上がっていきます。

、、、大事なことなのでもう一回言いますね。

 

たくさん視聴してもらえればその分動画の更新ペースも上がっていきます。

 

はじめは専業Youtuber(すごい言葉だな)に比べると更新速度は遅いですが、、、週に一度くらいは更新していければ、と考えてます。

 

暗いニュースばかりのこんな世の中ですが、みなさまお付き合いください。

 

 

プライドはないの?

ありません。へけっ!

 

まとめ

今回の記事では藁科組について調べてみました! いかがでしたか?

今後も彼らの活動から目が離せませんね!

 

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!

3月7日(土)「ケテルからマルクトヘ」アーティスト紹介 in 尼崎tora

今回は2020年3月7日(土)、「ケテルからマルクトへ」に出演してくれるアーティスト「Chameleon」「湾岸ジプシーズ」「NUTO」について一同語ってます。

ご覧ください。そして企画に遊びに来てください。

 
藁科「まず湾岸ジプシーズなんですが」
 
走り屋みたいな人たち?

三木湾岸だけやろその要素
 
藁科「おれが神戸VARIT.におった時に*1ええっと、どんなきっかけやったっけ、とにかくVARIT.を訪ねてくれて、、、あ、いや、うそうそ。Fireloop*2やったわ」
 
ケント大丈夫っすか?
 
藁科「もともとFireloopで、ホシヲさん*3が企画してたピンスペシャルってイベントがありまして。一人二曲勝負で、弾き語りで対決するっていうのがあって。それで、ある日神戸からの使者ってことで出てくれへん? って感じでおれ、誘われて。で〜、その日も二十人くらいおったかな、唄った時に」
 
「うん」
 
藁科「むっちゃいいですね、と。湾岸ジプシーズのヒロシくんが言うてくれて。で、彼はすごい嗅覚が鋭い男で。これはバンドやってる人間の弾き語りです、バンドを一度観たいです、って言うてくれて」
 
「LADYMAID*4時代?」
 
藁科「うん、そうそう。で、たしかまだ当時はヒロシくん、神戸に住んでたんちゃうかな。とにかく、むちゃくちゃVARIT.に遊びに来てくれるようになって。ヒロシくんはおれと違って(笑)ギターとかむちゃくちゃ上手で、かっこよくって。ほんでパウロ・コエーリョっていう作家の本を薦めてくれたり、すごく気が合ってさ。しかもそれが最近尼崎toraによく出てるわけですよ」
 
「あ、そうなん!」
 
藁科「せやねんせやねん。ほんで、toraって転換の時にtoraに出演してるバンドの曲よくかけてくれるやん。で、俺たちの『SANTAL33』をかけてくれてた時に、ヒロシくんが『はじめて聴いた曲やけど、藁科さんの曲やって分かった』って書いてくれてて。ただ、実は対バンしたことが一回もなくて。だから、念願ですよ今回。みんな気に入るんじゃないかな」
 
「楽しみやな!」
 
 
 
 
藁科「ほんで、そのままつなげるけど、湾岸ジプシーズはChameleonと絶対相性いいな、と思ってて。Chameleonっていうのは、あの〜」
 
「ああ、そうか。楽くんと、あの〜、あいつ」
 
藁科「ダイキな」
 
三木「昔は3ピースじゃなかったかな」
 
藁科「VARIT.組ですからね、彼らも。楽くんはむちゃ音楽好きでライブとかに顔出す子で。LADYMAIDのとき、来てくれててん。ほんで、いいですねえ、言うてくれてて。スガシカオに近いですって言われて。そっからおれ自信ついたな」
 
あごちゃうん?
 
藁科誰のあごが『Progress』やねん
 
 
藁科「ほんで、このバンドにダイキっていう男が加わって。ダイキってわかる? 去年のおれの誕生日企画の時におった」
 
ケント裸サスペンダーですよね。ほんでビール被ってましたね
 
「あいつ、別のライブでもばり酔っ払って変になっとって」
 
藁科「え」
 
「VARIT.最前列の手すりの、内側のところで、、、ワーッってなっとってん
 
三木「ふふふふ、あかんやん、わははは」
 
「ほんでボーカルの人に、お前ええ加減にしろ的な感じで怒られとった。あんなんもうVARIT.スタッフがなんとかせなあかんねん
 
ケント「最近スティーヴィー・レイ・ヴォーンみたいになってましたよね」
 
藁科「ん? 髪型?」
 
ケント「いや、すべてがスティーヴィー・レイ・ヴォーン
 
 
藁科「そんなことはないやろ!笑」
 
ケント「ハットに翼生えてましたもん」
 
藁科「あいつはね、ほんまビートニクが好きなんですよ。ケルアックとかさ、昔のピンナップから抜け出てきたみたいな。こないだもライブの時、すごかったもん。ミック・ジャガー憑依してるような動きで、おれそういう人間好きやからさ。こんな人間今後現れへんのちゃうかな」
 
ケント「振り切ってますよね」
 
藁科「自分で詩書いてVARIT.にそれを投函してたからな
 
三木「すごいな!!!笑」
 
藁科「ほんでおれ、基本的には街でしか会わへんのよ。ダイキとは。連絡先も知らへんかってんけど、いつもたまたま道で会ってて。で、会ったらワインボトルをあげたりしててん。安物の飲みかけのヤツ。でもむっちゃ喜んでくれるねん」
 
「がっくんもダイキくんも、フライデー・フラワーズの時に知り合ってて」
 
藁科「おお、そうか。ジョーさんとも仲良いもんな。まあ、ホンマにあのロックが最も偉大やったころに生きてたヒッピーがそのまま音楽やってる、みたいな。もしかするとJ popを聴いたことないんじゃないか、という。ほんとに羨ましいです」
 
廣内「うんうん」
 
 
 
 
●Chameleonは映像がまだありません。当日、ぜひ目撃してください!
 
 
 
 
 
藁科「で、今回は対決やと思ってて。そういうブルースをルーツに持つバンドと、俺たちとNUTOっていう構図が〜、あの、まあ、廣内くんはNUTO大好き芸人なので。みんな大好き芸人やけど」
 
「いつ知り合ったんやっけ?」
 
廣内「おととしの、九月の、クラッパーの、BLACKUROちゃんていう女の子の企画に出た時に」
 
藁科「おれが全部言いたいことを言ってくれている。さすが。その日に送ってくれたんよね、乾さんが、帰り道、車で」
 
廣内「自分は北区に住んでるねんけど」
 
藁科神戸のウイグル自治区な。おれも大石まで送ってもらって。そんないい人いますか? っていう」
 
廣内「そうなんですよ。初対面の俺たちに、乗ってき、乗ってき。って。感動しました」
 
藁科廣内くんがはじめて人と仲良くなった瞬間を見たな
 
「まあたしかにめずらしいよな」
 
藁科「乾さんの心の広さですよ。そのあともおれの家で乾さんとみんなで飲んだりしてさ」
 
ケント「おれが王様に入ってすぐの時ですね。対バンして、競艇行った二週間後くらいに、まさかのバードランド(ケントの働いているスタジオ)の常連やったっていう。で、一回飲んでるから距離がすっげえ縮まってて」
 
藁科「NUTOは、すごい共鳴する部分があるな。っていうかそれより、おれは乾さんには頭上がらへん。今まで乾さんが生きてきた中で、多分一番乾さんに迷惑かけた人間やから
 
ケントホンマそうやと思うっすよ
 
「なんでなん」
 
ケント「前に乾さんと一緒にやった弾き語りの時もひどかったっすもん藁科さん。エレベーターに三十分くらい、藁科さんが酒持ったまま座って、みんなで開けたら一言藁科さんがギャグを言う、っていう遊びやってたの覚えてません?
 
藁科「、、、そんなんやってた?」
 
ケント「ほんで藁科さん調子乗って終電逃して、乾さんに、送ってくれるやろ? みたいな感じで詰め寄ってて
 
廣内最低
 
一緒に飲んでいた奥谷*5「こないだも王様の企画の時、一緒に送ってもらって結局三人で藁科家で飲みましたね」
 
藁科「いや、もう大丈夫ですいいですいいです、、、やっぱお願いします。って言って車に乗り込んで、で、おれの家覚えてるっすか? って言って聞いたら、おぼえてるよ、もちろん! って言うてくれて
 
ケントもうホンマ最低っすこの人
 
藁科「いや、ほんなら一緒に乗ってた奥ちゃんが、あ、すんません、僕の家にも寄ってもらっていいですか? って
 
一同笑
 
藁科乾さんにみそぎをせなかん!
 
廣内「生き仏ですあの人は」
 
藁科「ほんでその日も、乾さんに上がる頭がないから、おれ、料理しますわ。言うて、スーパー寄ってもらって。で、その食材にかかるお金、全部藁科が払います、言うたんよ。送ってもらったし。それが意外に額が大きなって。そしたら乾さんが普通にお金出してくれて。いやいや、そんなんいいです、、、って、おれよう言わへんくて
 
言えよ!!!
 
藁科「ほんで、乾さんが、もう奥ちゃんは出さなくていいよって。俺たち二人で払うから。って。奥谷が出せばおれの分安くなるのに
 
ケントホンマに最低やこの人!!!
 
一緒に飲んでいた奥谷「そういうせめぎあいの末に、藁科さんが最後に一言、奥谷ええわ、もう俺たちが払うわ。って
 
 
 
 
 
 
 
 
そんなけ世話なっとってTwitterの告知でNUTO抜けてんのホンマにあかんで
 
藁科「いや、すいません本当に、、、」
 
一緒に飲んでいた奥谷「メンバーもすごいいい人しかいないんですよね、NUTOは」
 
廣内「ベースのサムさん、上手やで。むっちゃかっこいい」
 
藁科「おれ前電子音楽際に遊びに行った時に、イズミくんがすごい良い絵描いてて。一方的に絵の話むっちゃしたもん。全然分からんくせに。いや〜だからこれは印象派の〜、とかさ
 
ケント嫌なやつやなあ!!!
 
藁科「笑 NUTO、人柄はもちろんなんですけど、やっぱり音楽がよくて」
 
一緒に飲んでいた奥谷「前回ライブ見に行ったんですけど、めっちゃかっこよくって」
 
廣内「あ、おれも行った! すごいよかった」
 
藁科「さすが、NUTOといえば廣内くんやから。廣内くんほどNUTO好きな人おらんで。王様よりNUTO入った方がいいんちゃうかな、、、
 
一同笑
 
一緒に飲んでいた奥谷「バードランドが再オープンした時のことおぼえてます? みんなで飲み過ぎて、バードの酒全部なくなった時に乾さんが遊びに来て、買い出し行くなら車出すで、って行ってくれて。でもそん時藁科さんベロンベロンで、ワインを飲みながら車に乗り込んで、おう、おれはパンクロッカーじゃあ、みたいなこと言うてて
 
藁科おれホンマにこんなん? いつもこんなん?
 
廣内「こんなんこんなん」
 
藁科「ごめんなさいバンド、ごめんなさいみんな、、、」
 
廣内あ、ここ採用しま〜す
 
藁科「NUTOに関しては正直、あと五時間くらい話せますね。とにかく、一緒に関西のシーンを今後もずっと作っていきたいと思ってます。あとは当日、いかに迷惑をかけずに過ごすかだけがテーマですね。すいません、、、よろしくお願いします!」
 
 
 

*1:藁科は神戸VARIT.でブッキングを担当していた

*2:寺田町にある、最高に音のいいライブハウス。いやほんと、大好きなところです

*3:新世界ホシヲ、JUNIOR BREATHのボーカル。大阪昭和町集いBARノーユーノーミーの店長。かつて大変お世話になりました

*4:七つの海を渡り歩いた藁科が以前やっていたバンド。良いバンドでした

*5:Kohei Okutani。イケメンポケモン。王様を知ってる人ならほとんど知ってるような、、、

1月11日(土)「ケテルからマルクトへ」アーティスト紹介 in 尼崎tora

えー、というわけで来年、2020年、我々僕が王様だったころは1月から隔月で3月、5月、7月、9月、そして最後の11月と自主企画をやるわけなんですけども。せっかく企画をするなら、やっぱり他のバンドのことも知ってほしい。で、最初は出演者全員の音源を集めてトレイラーを作ろうかな、と思ってたんですが、それNUTO*1の完全パクりなんで、ちょっと違うアイデアがいいなあ、と。で、考えた結果、バンドメンバーで出演バンドについてしゃべり倒そうじゃないか、忘年会のついでに。といった感じで今回、2020年1月11日(土)、「ケテルからマルクトへ」に出演してくれるアーティスト「フライデーフラワーズ」「山口穂乃佳バンド」「The CourtYard」について一同語ってます。

ご覧ください。そして企画に遊びに来てください。

 

⚫︎

 

藁科「じゃ、まずはフライデーフラワーズから話しますか」
 
「フライデーフラワーズな」
 
藁科「縁あるバンドやからね。辻君がもともとベースを弾いてて、ね?」
 
「そうです」
 
藁科「そもそもJOEさん(フライデーフラワーズのvo, gt)とはどういう出会いやったん?」
 
「JOEさんとは大学時代の軽音サークル同士の交流みたいなところで出会って、大学卒業後にお互いオリジナルバンド始めて」
 
藁科「辻君はVanilla Children *2?」
 
「そうそう」
 
藁科「JOEさんはなんやっけ。アナル玄蕃*3?」
 
ケント「TOILETSっていうハードコアバンドじゃなかったでしたっけ?」
 
「いや、あのー、アメリカ人のボーカルがおった」
 
藁科「ああ!!! なんやったっけあれ」
 
「だから、もう十年来の仲やな。あのー、俺はフライデーフラワーズがどう思っとるか知らんけど、フライデーフラワーズはレゲエとジャパニーズ・フォークの融合というか」
 
藁科「ああ、なるほどね」
 
「それが上手いこといった、メロウで、ワンドロップで、レゲエのリズムで、っていう。フィッシュマンズを尊敬しつつも、ほら、フィッシュマンズってフォークって匂いせんくない?」
 
藁科「いや、元々初期のフィッシュマンズ、佐藤君のスタート地点っていうのは忌野清志郎っていうところがあるから。そこから(フィッシュマンズが)フォークの匂いを消すってところは意識してたんじゃないかな」
 
「君づけやん。偉い人、君づけやん」
 
藁科「ああ、佐藤君?」
 
「マジで? 俺もイチローのことイチロー君って呼んでもいい?
 
一同笑
 
藁科「ちゃうねん。みんな佐藤君のことは佐藤君って呼ぶねん。それがあだ名やねん」
 
「有名人って君づけとかさんづけで呼んだ方が近なるところあると思うねん、だから俺、松本人志のこと、いつか松本さんって呼びたいと思ってるから
 
三木今まだできてないんや!笑
 
「できひん! 今俺松本さんって呼んだらヤバいやろ?」
 
藁科ヤバくないやろ
 
「知り合いやんって思われるやん! 俺なんかやっぱまだ''松ちゃん''やんか
 
 
一同笑、五分ほど脱線
 
 
藁科「フライデーフラワーズはみんな、縁が深いよね。廣内君も、ねえ」
 
「廣内もともとやってたんやっけ?」
 
廣内サポートしてたよ
 
藁科もうちょっと声張ってな。マイクに入らへんから
 
「そうや、廣内がもともとやっとって、ほんで抜けるってなんて、俺、JOEさんにHAT神戸の海辺に呼び出されて
 
一同笑
 
「フライデーフラワーズは、俺、面白かったよ。もともと俺ベーシストやから。レゲエっていうのはやっぱりベースの重要性が強いバンドやから」
 
藁科「今はね、Louie Louieのケンさんが、めちゃくちゃいいベース弾きはるから。あの人自分のバンド(The Dead Vikings)でもかっこいいギター弾いてて。なんでもできるから、あの人は」
 
「ツヨシ君ていうドラムの人もすごい面白いよ。いろんなバンドでドラム叩いてきてて」
 
廣内「ツヨシ君いいドラム。人も好き」
 
「で、いろいろあって、今は3ピースになったわけ。で、俺こないだ弾き語りでフライデーフラワーズに呼ばれて、ケンさんはLouie Louie、Louie Louieっていうバーガー屋さんで店長やってて
 
藁科めっちゃ宣伝するやん
 
めっちゃバーガー美味いからホンマにもう
 
藁科「いやそれはそうやけど」
 

louielouieburger.com

 

〜CMです。美味しいハンバーガー屋さんLouie Louieは花隈駅からすぐ。〜

 

「で、三人のライブ見たけど、良かった。あれはもう、、、和製Policeです! 三人になって良かったんじゃないかと。次、楽しみです」
 
 
 
 ⚫︎
 
 
藁科「じゃあ次は山口穂乃佳バンドってことで。あんまみんな知らんかな?」
 
「俺知ってるよ山口穂乃佳」
 
藁科「え、面識ある?」
 
「いや、いい歌唄うなあ、って」
 
ケント「俺は十代白書が初対面です」
 
藁科「ああ、Lotus leaf*4で、ってこと? 出身地が一緒やもんな。岡山か」
 
ケント「や、出身地は違うっすよ」
 
藁科そやねん
 
三木なんやねん
 
ケント「俺が岡山から関西に来て、向こうが明石から岡山の大学に行ったっていう」
 
藁科「賢いからな、あいつ」
 
「じゃあこっちの人なんや」
 
ケント「そう、もともとこっちの人で。でも岡山、っていう共通事項があったから親近感が湧いて。ほんで、一回バックバンドをやったことがある」
 
藁科「そうそう、やってたな」
 
三木「岡山つながり、ってことで?」
 
「らしくないやん。何者にも屈しないケントが
 
ケント「いや、だから、当時の俺は、二年前くらいすかね? 誰よりもデカい音を出すのがロックや、っていう思想やったんですよ。今もあんま変わってないですけど」
 
「Blue Cheer*5の流れやん」
 
ケントまた脱線するんで一回ほっときましょ。で、爆音のバンドやってて、で、いざ、弾き語りのバックを弾くってなったら、っていう挑戦やったんですけど、いっこも上手くできず、恥ずかしいなってなって、終わったっていう」
 
「で、今度は藁ちゃんがベースを弾いてる、と」
 
藁科「そう」
 
「あの、藁キックで有名な藁ちゃん」
 
藁科それPJJのアツシにむっちゃ言われたわ。ウチのサークルでも真似してましたって。あれバカにしてるねん」
 
ケント藁キック?
 
「藁キック知らんの? ステージ上でばりキックするねん」
 
廣内「はじめて見た時、VARIT.の忘年会のライブで、藁科さんとも面識ない時、上半身裸で藁キックしてた」
 
「藁キックええねん。あんま足上がってへんねんな
 
ケント足せっかく長いのに。あははは!
 
 
一同笑、五分ほど脱線
 
 
「どうなの? 久しぶりのベースは」
 
藁科「あのー、はじめて指弾きってものを、、、」
 
「できてるん?」
 
藁科「毎日練習してるから、、、そのー、はじめてベースに対して真摯に向き合っております。あのー、もっとやりたかったなってあのままやったら後悔してたと思うので、、、って鼻からの(タバコの)煙すごいな! UFOの湯切りしてんのかお前?
 
「鼻から出すよな」
 
ケントそれはXXXXXXXXXXXXXっすよ(放送禁止用語)
 
一同笑
 
廣内完全に踊るヒット賞やな
 
「廣内の踊るヒット賞出ました」
 
藁科「まあ、なので。話を戻すと、あんまりベースを上手く弾くってことに執着なくて。それより、人が思いつかないフレーズを考えるとか、そういうアイデアこそが俺や、って思ってたんやけど」
 
「前衛ベーシストやな」
 
藁科「単純に、このバンドではある程度上手さが求められてくるっていうか」
 
楽しみやわあ〜
 
三木「楽しみやな!笑」
 
藁科「ギターがThe Pacの西川で、ドラムが宵待で叩いてるユウダイ、合わせたことないドラマーと合わせるのは面白いな」
 
エラそうにしてるんやろ?
 
ケントそりゃもちろん。ねえ?
 
藁科「いつも、俺だけやわ、この中でロックしてるんは。って思ってるよ
 
うわ〜〜〜、痛〜〜〜〜〜!!!
 
三木次呼ばれへんヤツやん
 
廣内「あと鍵盤の女の子」
 
「鍵盤?」
 
藁科「そう、たまちゃんって子とね。そういう感じで。まあとにかくほのちゃんはむっちゃいい歌詞書くので。俺も影響受けてるしね」
 
「俺がVARIT.在籍中に、ああいう歌詞書ける人おらんな、ってぼそっと言ったら、それをWAXさん(VARIT.当時の店長)が、「お前はそういうことをもっと言った方がいい」って言われて。でも俺は言われへん
 
???
 
ケント俺は彼女にブライアン・イーノを教えたっすよ
 
「それが尾を引いて、あの〜、成長を遅めてる
 
ケント嘘でしょ!?
 
 
 
 ⚫︎
 
 
藁科「最後はThe CourtYard。VARIT.で」
 
廣内「対バンしてますね」
 
藁科「あの〜、彼らは一番最後の藁科組*6っていうか」
 
「そうなん?」
 
藁科「三人フロントで、三人とも唄うねん。ビートルズ好きで」
 
「いいじゃなあ〜い、いいじゃなあ〜い」
 
藁科「サイケデリック好きで」
 
「いいじゃなあ〜い、いいじゃなあ〜い」
 
藁科「ビートルズもね、後期の感じの」
 
いいじゃなあ〜い!
 
三木「わははははは!」
 
 
このあとビートルズから、芸術とはなにか? という話になってしまい五分ほど脱線。
 
 
藁科「ごめん全然話変わってるから!」
 
大人たち全員死ね! 俺おとんがandimori好きで」
 
藁科「話全然ちゃうやん。っていうかおとん、andimori好きなんや
 
「お前もあんなんやったらええやん、って言われたわ」
 
藁科なんなんその話
 
 
さらに酔いも回り、話はおそろしく脱線。
 
 
藁科「まあようするに、サイケデリックというものを、正しく継承しようと試みてるバンドですわ」
 
「俺もサイケ好きやからな」
 
藁科「まあ、辻君相手はちょっと大変かもしれへんけど、、、見てて、ああ、音楽好きなんやなあ、ってのが分かるバンド」
 
「最高。それが一番最高」
 
藁科「めちゃくちゃ音楽の話をよく俺としたりとか、自分のライブの音源を送ってきてくれたりするねん。こいつらはまず、プレイヤー云々以前に、リスナーとして音楽が好きなんやなってヤツらやねん」
 
「素晴らしい。若い?」
 
藁科「若い若い、むっちゃ若い」
 
嫌やなあ、オッサン扱いされるん
 
藁科「あの時の、昔のVARIT.におったらおもろいな。ってバンドやね。裸になったり、酒飲んだり、暴れたりするから。笑 そのへん、やっぱり面白い」
 
廣内「楽しみですね」
 
 
藁科「はい。まあ、こういうラインナップで今回はお届けできればいいかな、と。こんなところですかね。1月11日、土曜日、尼崎tora。よろしくお願いします!」
 
「、、、撮れ高ある?
 
藁科撮れ高しかないよ
 
 
一同笑、そのまま泥酔へ、、、。
 
 
 ⚫︎
 
 
と、まあこんな感じで! 自分たちが今まで活動してきた二年間で関わってきた、カッコいいなあ、と思ってきたバンドばかりを呼んで企画するのでよろしくです。1月11日(土)は尼崎toraで! 
お待ちしてます。取り置きの連絡はwarasheena@gmail.comまで。
 
 

*1:仲良くさせてもらっている、メンバー一同大好きなバンド

*2:神戸ローカルで一瞬だけ活動した、ジャパニーズ・プログレの徒花。脅威的な楽曲クオリティで主にミュージシャンたちから熱狂的な支持を受けるも解散

*3:おそらく神戸である程度の年齢なら知らない人はいないパンクバンド。246の自販機にステッカーが貼ってあった

*4:ケントがギターを弾いていた、惜しくも評価される前に消えてしまった、轟音激情ロックバンド。ナリトモ、元気にしてるか?

*5:アメリカ出身、1960年代のヘヴィ・サイケ・バンド

*6:神戸VARIT.で藁科がブッキングしている時に仲良くなった連中で構成された、夏は海に行き時々酒を飲むことを目的とした集い

瀬門春壱の「週報」6/8〜6/14

オールデイ・オールナイ働き倒してたどり着いたロックンロール・サーキット・イベントは朝から。どうにかシャワーだけは浴びてこられてラッキー、深夜二時くらいまで働き打ち上げの途中で離脱。
ザ・シックスブリッツのライブが凄まじく良く、「Too街PAIN」という曲で不覚にも落涙してしまう。例えばディラン、ニール・ヤング、あるいはルー・リード。そういう人たちが会得した音楽の魔法を確かに西島さんはこの日操っていた。
「音楽で世界が変わると思っている」と正々堂々と言い放つその様が凄まじい。そうだ、そうだよ。誰かが音楽のことを信じてやらないと。馬鹿みたいじゃないか、こんな世の中。息苦しいじゃないか。
 
 
西島さんは打ち上げでも誰よりも酒を飲み、ロックDJで踊る(そして流れる全ての音楽を知っている)。なんてかっこいい大人なんだろう!
 
酒を酌み交わし、音楽や哲学の話をしていると、「もっとシンプルな言葉で!」と言われて俺は思わずへへへ、と笑ってしまった。
 
 
 
 
二日酔いがようやく抜けた夕方に、コーヒーを飲みながらEric Kazを聴いていると、ふと自分の人生にはまだ想像もつかないようなとんでもなく美しいこと・素晴らしいことがたくさん起こるのだ、という予感が確信として俺に訪れた。霊的直感。キヨシローが唄っていた、「わかってもらえるさ」、いつかきっとわかってもらえる。僕らなにも間違ってない。もうすぐなんだ。
 
というわけで、「気の合う友達」であるダイキ率いるPaper Peopleのライブを観に行こうとしていたところ、辻君から飲みに誘われたので街に出で合流する。「(飲むのは)機材取りに来たついでやねぇん」と、尼崎在住の彼はわざわざ言わないでもいいことを言うが、まあ実際俺もライブ前に一人でどこか飲みに行こうかと考えていたところだ。冠位十二階の紫色くらい偉い貴族の俺たちが行く場所は当然「鳥貴族」と決まっている。
ビールを頼み、まあ飽きもせずロックの話をする。黒人のブルースと白人のロックンロール、リズムの解釈の違い(このあたり菊地成孔著『東京大学のアルバート・アイラー』のエルヴィスのくだりを読むとむちゃくちゃ面白いのでぜひ)、ブリティッシュとアメリカン、「ザ・バンドはディランのバックバンドやったから過小評価されてるねんなぁ」と辻君がまだ穏やかなうちは良かったが、しまいには「ロックンロールっていうのは結局形式にハマってるわけで、そこから逸脱するっていうのが『ロック』やねん。だからハード・ロックなんかせっかく逸脱したその形式にもう一度戻っていくのがやっぱりオモロないねんなぁ。まあ、俺が一番ロックやねん」などと言い始める始末。ロック一番の座を辻君に譲って店を出て、ライブハウスに向かう。
 
ライブハウスの中には悪そうな人・人・人。あら、こんなにお客さん来てるんか。というのが正直な感想。実はこの日のライブに自分のバンドも呼んでもらってたのだが諸事情で出られず。しかしどこを見ても悪そうな連中しかいなくて、苦笑しつつ酒を飲む。
ようやく陶然となってきたところでPaper Peopleのライブが始まる。この日のライブはむちゃくちゃ良かった。辻君はPaper Peopleが最後の出番だと勝手に思い込み(実際にはあと2バンドいた)、アンコールの拍手をしていた。
 
結局そのアンコールの拍手が周囲の飲んだくれ共に伝播、Paper Peopleはもう1曲やっていた。
 
 
ライブが終わったあとで、辻君が「ライブってこんな楽しいねんなぁ。俺、あんま観に行かんから。インディーズ・バンドもっと観に行こうの会しよやぁ」と今更訳の分からないことをダイキに言っていた。
 
「俺、一つ怒ってることがあるんですけど、いいですか」とダイキが俺に言う。
「ん、なに?」
「歌メロを作る時にね、ほら、あの、(そう言って彼は俺の歌を口ずさんで)ね、ここのメロディが絶対出てきてしまうんですよ」
そう言って笑うダイキは写真の中のロック・スターそのものだった。
 
ライブを終えて上機嫌の辻君と、街の駅前の「鶴亀八番」に飲みに行き、愛について話して別れる。
 
 
 
 
この歳になるといろんなことがあって、人の誕生日を祝うこともある(もちろん祝わないことだってある)。
そういう誰かの記念日には、やはり自分自身の来し方も含めていろんなことを振り返ってみようとするのだが、しかし過ぎた歳月を思ってみても、そこに含まれているはずのたくさんの人々はその中にはいない。
結局のところ、記憶とは自分で作り上げた風景であり、空間とは違い、誰とも共有することができないものだ。
つまりそれは事実ではない。そこにはもう自分自身しかいない。
だからいくらでも嘘をつくことができる。見立てることができる。自分だけの王国の中で、絶対にありえないはずの、誰もがみんな幸せだった瞬間が存在している。
それでいいのだ。
 
 
 
 
甲東園「バードランド」で朝から練習。新しい曲のビートが決まらず、かつて書き上げた曲を少し詰める。そのまま歌詞も書き換えてしまう。
 
「The Bell(鐘は三度鳴る)」
 
愛なんていらない そう言ってきた
それなのに二人は出会ってしまった
 
祝福の鐘が鳴って物語が始まれば
眠れない夜に花が開いて
 
そして幸せは続くと思っていた
だけど悪い星がヴェールを引き裂く
 
運命の鐘が鳴って物語が変われば
眠れない夜に罠が開いて
 
審判の鐘が鳴って物語が終われば
眠れない夜に穴が開いて
 
 
 
 
仕事終わり、社長、スタッフと飲みに行く。もちろん冠位十二階の紫色くらい偉い貴族の俺たちが行く場所は当然「鳥貴族」と決まっている。
各々の音楽のルーツの話などする。というかまあ俺が一方的に喋り倒す。いつものことだ。失礼!
 
 
 
 
酒響き、書き物と学習進まず。なんとか仕事をこなし、帰宅して掃除炊事洗濯をこなす。休みの日はいつも片付けで潰れてしまうが、片付けることによって自身の心も落ち着くので良し。
めずらしく同居人と休みが合致したので、馴染みの人がやっているという近所の居酒屋へ飲みに行く。馬鹿みたいにでかいたこぶつと赤ウインナーをアテにビールを二杯。
 
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壁に貼ってあるサインなどを見渡していると、棚のところになにやら文字が書かれた紙が貼ってある。
 
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人酒をのみ
酒酒をのみ
酒人をのむ
 
なんとすごい言葉だろうか。人という器に酒が注がれていき、やがてそれが満たされると(例えばコーヒーが入っている状態のコーヒーカップのことを単にコーヒーと呼称するように)酒が酒を飲み、しまいにはその酒に人の部分が飲まれる。深淵を見つめるとき、などと大仰なことを言っているニーチェが馬鹿みたいではないか。そんな難しいことを言っているからツァラトゥストラの声に愚かな民衆は耳を傾けようとしないのだ。
しかしこの言葉は凄まじい。例えばこれをこう書き換えることもできるわけだ。
 
人歌を唄い
歌歌を唄い
歌人を唄う
 
なるほど、と思う。「人歌を唄い」では、主格は人にあり、歌はあくまでも唄われるものであり、唄うという動詞の対象としての目的語だが、やがて歌が人の中に入り込んでいき、その歌が歌を唄う状態になる。
そしてしまいには歌に自分が唄われるのだ。この感覚はとてもよく分かる。
この言葉に出会えただけでもこの店に来た甲斐があったというものだ。
 
 
そして、帰ってきてまた家で飲む。なんだか今週はずっと飲んでるぞ、おい。腕によりをかけて料理を作る。この日のあんかけレタスチャーハンは本当に神がかっていた。
気づけば同居人は酒を手にしたまま酔いつぶれていたが、俺は流れてくるジッタリン・ジンの音楽に確かな青春の痛みというものを感じていた。